最初に断って置くが、僕が愛しているのはキョンさんだけだ。
他の女性と触れ合うのも億劫だし、性的な接触をするなんて死んでも嫌だ。
僕がそうしたいと思うのは、心の底から愛してやまないキョンさんだけなのだ。
でも、僕は、彼女の事も、そして自分自身の心も裏切ってしまった。
仕方なかった・・・なんて、言い訳にしか過ぎない。しかも最低な部類の。
でも本当、仕方なかった・・・ああ、もうこれしか出て来ない。
以前僕はある女性の望みと言う事で、機関の指令で2週間恋人ごっこを演じた。
勿論僕にはキョンさんがいたし、彼女を裏切りたくないと言う一心で断ろうとしたのだが・・・
何せ僕に恋慕していると言うその女性が、機関のスポンサーである人物の娘だと言う訳で。
仕方無しにキョンさんに事情を話し、キョンさんと2週間距離を置いた事があった。
その時、キョンさんに触れられないどころか、彼女が一切僕と会話をしなかった為、僕が途中で根を上げて
10日で仕事を中断させて貰ったのだった。本気で辛かった。死んだ方がマシだったから、アレ。
そしてキョンさんに謝罪し、ようやく恋人に戻れると思った所で、キョンさんからまさかの拒絶。
”あと4日残ってる”と黒板に残された文字を見て、目の前が絶望に真っ暗になったんだよな、あの時は。
本当にそれから4日、一切の視線も言葉も交わす事無く過ごし・・・
お陰でその2週間だけでかなり窶れ細った。
食事も睡眠も儘ならなくなり、やっと恋人に戻ってくれたキョンさんが驚愕していたのも記憶に新しい。
その時の教訓から、もう2度と彼女以外の女性と恋人ごっこを演じるのは御免だと心底思っていた。
それなのに、それなのに・・・
その女性はまだ僕を諦められないらしく、”もう1度で良いから”と僕に迫って来た。
極めつけに、断ろうとする僕へと残酷で外道にも程がある一言をお見舞いして。
『スポンサーを降りたって、こちらは構わないのよ』
その卑怯な言葉に、僕はかなり悩んだ。
機関とキョンさん。天秤に掛ければ圧倒的にキョンさんに軍配が上がる。
・・・が、強力なスポンサーが消えると言う事は、僕が機関の一員としてSOS団に・・・・・
つまり、キョンさんの傍にいられなくなる可能性が高まると言う事。
結局、キョンさんに思考が行っている訳だけど。
その女性の言葉に拒否の言葉を苦痛と共に飲み込み、1度だけだと約束させ、彼女と連れ立ったのだ。
・・・・・・ホテルに。
古泉一樹の懺悔
「別れようか」
次の日、学校で最初に言われたキョンさんの言葉。
朝だ。
校内だ。
廊下だ。
まだ人気がないとは言え、いつ人が来てもおかしくない所だ。
そうだと理解はしているのに、彼女の理解しがたい・・・理解したくない言葉に全思考回路を持っていかれた。
勿論表情はいつもの笑みではなく、ポカンとした間の抜けた面。
自分でも相当阿呆な表情だろうなと実感している。
・・・が、今はそれどころではない!!
何。何だって?別れる?誰が?キョンさんが?誰と?僕と?
・・・・えええええええ!!!?
「なっ・・な、なん、なんで・・・!?」
相当気が動転していたのか、何度かどもりながら説明を求める。
するとキョンさんは酷く冷静な声と表情でキッパリスッパリ答えてくれた。
「お前が他の女とホテルに入ったから。それ以外に理由がいるか?」
あれ、誰か今僕の頭を殴りましたか?鈍器みたいな物で。
すごい衝撃が来たんですけど。ガンガン言ってます。頭が。かなり痛いです。
・・・って、何でキョンさんが・・・!!!?
彼女には・・・彼女だけには、知られたくなかったのに・・・!!!!
と、そこまで混乱しながらも、ふとある男の顔が脳裏に浮かんだ。
会長。
アイツ、僕と彼女の仲を引っ掻き回すのが好きだからな・・・
十中八九、アイツがキョンさんにチクったのだろう。
忌々しい事に、アイツはキョンさんのアドレスも番号も知っているから・・・
面白半分で、ニヤニヤしながら、全部包み隠さず。
・・・後で覚えてろよ糞眼鏡!!!!
「い、いえっ・・・あのっ・・・そのっ・・・」
「じゃあな、仲良くやれよ」
「まっ・・・待って!!待って下さい!!!」
何か言わなくては、とあわあわ言葉に詰まる僕に、良い笑顔で背を向けるキョンさん。
咄嗟に、悲鳴に近い声をあげ、彼女の腕を掴んだ。
あああ、嫌だ!!こんな事で・・・いや、結構酷い事をしたって、わかってはいるけど・・・
でも、こんな形で別れるなんて、彼女を失うなんて嫌だ!!!絶対に嫌だ!!!
「ぼ、僕だって・・・っ、嫌だったんですよ!!でも、仕方なく・・・」
「ほーほー、そうかそうか。でもな、お前が他の女とヤったって事は覆せない事実だろ?」
「そっ・・・・それは・・・・そうですけど・・・・」
でも、でも・・・!!!
僕だって、本気で嫌だったんだ。
機関絡みの事を引き合いに出されなければ、スッパリ断っていた。
大体、僕がその脅しを聞き入れたのだって、結局はキョンさんと離れたくなかったからで・・・
あああ、なんだったら、もういっそ断っておけば良かったのか!!?
離れたくないから断腸の思いで選んだ答えだと言うのに、結果的に・・・・っ
いや、ダメだ!!なんとか、なんとか止めないと・・・!!!!
「でも、脅されてっ・・・ホラ、以前言った、スポンサーの娘さんなんです!!」
「ああ・・・あの時、俺と2週間恋人やめた時の」
「そうです。僕が貴女に無視され続けて拒食症と不眠症になりかけた時の彼女です」
「ちょっと懐かしいな。で?」
「っ・・・そ、その彼女に、脅されたんです!!僕が彼女を受け入れなければ、スポンサーを降りるって・・・!!
い、1度だけで良いから、相手をしてくれって!!!だからっ・・・本当、苦渋の決断でしてっ」
「さっきも言ったけど、事情はどうでも良いんだよ。
お前は俺と付き合ってるこの状況で、他の女とホテルに入って、セックスしたんだろ?」
直接的な表現やめて下さい!!!悪寒が走りますから!!!
「それだけで、俺がお前と別れる理由はじゅーぶんにある」
無い!!無いです!!!!
・・・でも、彼女の様子からするに、本気・・・らしい・・・
ゾゾッとした恐怖が背筋を駆け抜ける。
彼女がいなくなる。別れる。もう触れられない。他人になる。
これ以上の恐怖があるだろうか。
それこそ、神に見捨てられた方がまだマシだ。
彼女と一緒にいられるなら、神の加護なんかいらない、世界なんかいらないのに!!!
「ほ・・・本当に、嫌で、す・・・。嫌です、嫌です!別れるなんて、絶対に・・・!!!」
なんて都合の良い言葉なんだ。
自分にビックリだ。俺はこんな男だったのか、古泉一樹!
でも・・・こんな醜態を晒す程に、彼女を離したくないのだ。
「俺も嫌だけどなぁ。流石に他の女とセックスされて許せる奴は中々いないだろ」
「そっ・・・そこをなんとかっ・・・。言い訳にしかなりませんが、仕方なかったんです。本当・・・許して下さい・・・」
「まぁ、”あたしと仕事、どっちが大事なのー”・・・なんて、言うつもりはねーけどよ。
なーんか、こう・・・・・・ああ、やっぱ許せねーよなぁ」
「えええええ!!?そ、そんなっ・・・そんな・・・!!!」
絶望だ。
それこそ、あの2週間以上の悪夢。
今回ばかりは取り返しがつかないかも知れない。ああ、僕は、なんて事を・・・!!!!!
「・・・・・・・ああ、そうだなぁ」
あまりに僕が見っとも無く取り乱しているからか、キョンさんが顎に手を当てて思案し始める。
そこに一筋の希望を見出し、僕はそれに食いついた。
「な、何でしょう!!何か、ご要望でも!?何でも言って下さい!!!何でもします!!しますから・・・!!!!」
「あー、わかったわかった。それなら・・・そうだなぁ。お前に、どっちか選ばせてやるよ」
「は、はい!!」
不穏な彼女の言葉とは裏腹に、僕の心は随分と安堵していた。
良かった・・・彼女の要望を聞けば、別れないで済みそうだ。
彼女の言葉からして、僕に何か選択肢を与えて、どちらかをやらせるのだろう。
それがどんな恥ずかしい事でも、耐えてみせる。今ならなんだって耐えられる。
そんな僕の淡い期待を、彼女の爽やかな声が見事にぶち壊してくれた。
「このまま俺と別れるのと、俺が他の男とセックスするの、どっちが良い?」
たっぷり5秒。
ピシッとヒビの入った沈黙の末、僕は壊れた人形の様に、ギギギと首を動かして彼女を見た。
「・・・・え、あ、あ、あの・・・・?」
「だから、このまま俺と別れるか?それとも、別れないで、俺が他の男と寝るのが良いか?」
さぁ選べ。と、楽しそうな笑顔で言う彼女。
・・・・ああ、さっき、何でも耐えられるとか言ったけど、前言撤回、アレ嘘。
耐えられる訳がないだろ!!!
「どっ・・・どっちも、嫌です・・・」
コレしかない。
コレ以外に答えが無い。
だってどっちも嫌じゃないですか。
”DEAD OR ALIVE”ならぬ”DEAD OR DEAD”だ。
どっちを選んでも死ぬ。死ぬより辛い。
「何でもするんだろ?じゃあ、とっとと選べよ」
「だっ、だから!どっちも嫌です!!そ、それ以外の事なら、なんでもしますから・・・!!!」
「却下。二つに一つ。どっちかだ」
「そ・・・そんな・・・」
くらくらする。
あまりの絶望に。ショックに。後悔に。
こんな事なら、あんな脅しなんかに屈しなければ良かった。
デートはしても、キスはしても、最後までいかなければ良かった・・・!!!
そうだ。彼女はこう言う人なんだ。
僕が他の女性とデートしたら、彼女も他の男とデートする。
僕が他の女性とキスしたら、彼女も他の男とキスする。
僕が他の女性とセックスしたら・・・・・・・・
・・・・わかりきってたのに。そんな事。
「目には目を、歯に歯を。わかってるだろ?俺の性格」
ええ、痛い程にわかってました。
そして今激痛を感じる程に再確認しました。
しましたから、どうか、どうか、もう1度だけチャンスを下さい・・・!!!!
「ホラ、とっとと選べ」
「い・・・嫌だ・・・嫌だ!!!」
「うわっ!?」
思わず、震えながら彼女の体を掻き抱く。
本気で嫌だ。怖い。嫌だ。絶対に!!!
僕が悪かったです。本当に後悔してます。反省してます!!!
いくら脅しでも、仕方なかったとは言っても、僕が他の女性を抱いたのは事実です。
貴女の言う通りです。全く持ってその通りです。
そして、そうした行為が貴女にどんな思いをさせたか、貴女は言葉だけでわからせて下さいました!!
本当に嫌です。良くわかりました。本当に、嫌って程わかりました。
だから、お願いします。お願いしますから、それだけはやめて下さい・・・!!!!!
「・・・・あのなぁ」
彼女の呆れた冷たい声が聞こえる。
ガクガク全身が震えている僕にとって、それはこれ以上ないくらい恐怖だった。
ああ、お願いですから・・・許して下さい。もう、もう2度と過ちは犯しませんから!!!!
「嫌だ・・・嫌だっ・・・嫌だ・・・そんなの嫌だ・・・」
「ああ・・・ったく、しょーがねぇなぁ・・・。・・・ま、俺もお前の事好きだし、別れたくないしな」
「っ・・・・」
キョンさんが僕の背をポンポン撫ぜてくれる。
あ。涙出そう。
こんな・・・仕方ないとは言え、他の女性とシた僕を、許してくれるんですね・・・
本当にごめんなさい。もう、貴女を裏切ったりしません。
貴女のこの優しさを、絶対に、手放すような真似はしません。
例え機関を裏切る事になっても、貴女だけは絶対に。
そう、暖かい感情に塗れながら彼女の身体をもっと強く抱くと、キョンさんがふぅと息を吐く。
そして、ほんわかしていた僕の頭に、再び冷水をぶっかけてくれた。
「だから、俺が他の男と1回セックスするだけでチャラにしてやる。異論は無いな」
異論ありまくりだ!!!!!
「待って下さい!!どうしてそうなるんですか!!!」
「確かに俺は、お前の事好きだから別れたくないよ。
でもさ、だからっつって許すとは言ってねーだろ。浮気には浮気だ。な?」
「な?じゃありません!!!本当にやめて下さい!!!絶対に嫌です!!!ダメです!!!!」
勝手な事を言ってる。十分承知の上だ。
でも、そこは譲れない。絶対に嫌だ!!!!
「あのなぁ、古泉」
グイッと僕の肩を突き放し、キョンさんが諭すように語り掛けて来る。
もう涙で視界が滲んでいる僕に、彼女の顔は良く見えなかった。
「な、泣くなっての。・・・あのな、俺は今言った通り、お前の事が好きだ。
浮気されても別れたくないくらいに、お前の事、好きなんだよ。
そんくらい好きなんだから、お前が他の女を抱いて、相当ショックなんだぜ?」
良くわかる。
僕だって、今、彼女が他の男に抱かれると言うのを聞いて・・・
胸が張り裂けそうだ。苦しくて辛くて死にそうだ。
そんな思いを彼女にもさせたのだと、今嫌って程わからされている。
だから、どうかそんな事言わないで下さい・・・!!
「俺の心の傷イコール怒りだ。俺は今、この感情に任せて他の男と寝れるくらい怒ってるんだ」
「ちょ、ちょっと待って下さい!!!そんな一時のテンションに任せて身体を粗末にしないで下さい!!!」
「元はといえばお前の所為だ。兎に角、お前にも俺の悲しみと痛みをわからせてやるよ」
だから、わかってるって!!!!
もう十分過ぎる程に!!!コレ以上ショック受けたら僕本気で死にますから!!!!
「っつー訳で、今日はお前ン家行かねーから・・・・・・!!?」
彼女が驚いた様に目を見開く。
そりゃそうだろう。
僕が突然、泣きながら土下座すりゃあ・・・。
ギョッとした様子の彼女に構わず、僕は廊下に額をつけて謝罪する。
それも、かなり大声で。もう自棄だ、畜生。
「本当に・・・本当にすみませんでした!許して下さい!!!」
「ちょっ・・・おい、こ、古泉・・・!」
「もう、2度と・・・2度としません!!例え指令でも何でも、貴女以外の女性になんて触れません!!!」
「あ、あのな・・・・」
土下座して、謝罪して、許しを請うて。
さぞや情けない姿だろう。
でも、どうでも良い。
彼女を失うくらいなら、彼女を他の男の下に行かせるくらいなら。
こんなプライド糞喰らえだ。
土下座なんていくらでもする。
だから、本当に勘弁して下さい・・・!!!!!
「お願いです!!捨てないで下さい!!!別れるだなんて、もう言わないで下さい!!!!
貴女が望む事ならなんでもします!!!!どんな事でもやりますから!!!!」
「や、やめろって!こ、古泉・・・!」
「本当に後悔してます、反省してます、お願いです、行かないで下さい・・・!!!!」
ざわざわと人の声が聞こえ始める。
まぁ、ここ、廊下だし。
朝早い時間とは言え、もうそろそろボチボチ生徒が登校して来る時間だ。
必然的に、僕達は好奇の視線を集める。
キョンさんはそれが少々耐え辛かったのか、慌てて床に額を擦り付ける錯乱状態の僕を揺すった。
「こ、古泉!顔を上げろ!!今すぐ顔を上げて土下座をやめてこの場を立ち去るなら許してやる!!」
「・・・本当ですか?本当に許してくれますか?別れませんか?他の男の所に行きませんか!?」
「ああ、本当だ!今回は許してやる!別れもしない!浮気もしない!!だからとっとと立て!!行くぞ!!!」
「はい!!!」
彼女に急かされるまま、生徒達の視線から逃れるように廊下を駆ける。
多分、彼女は部室に向かっているのだろう。
そこで、1時間目はサボるつもりの様だ。
全速力で走る彼女の背を追いながら、僕の心には安堵と共にチクリと罪悪感が残る。
確かに仕方なかった。僕だって嫌だった。
でも、彼女が他の男の所に行くと言っただけで、こんなにも胸が痛かったのだ。
苦しかった、辛かった、悲しかった、死ぬほどに。
彼女はそんな思いを、いいや、僕が感じた苦痛よりも何倍もの痛みを感じながらも、僕を許してくれた。
さっきは恐怖で心が潰されそうだったけど、今は罪悪感で死にそうだ。
後でまた謝ろう。
彼女の望む事を、なんでもしよう。
そして、機関から指令があったり、また脅しを掛けられても、絶対に屈しない事を誓います。
(それにしても・・・!)
会長には随分とお世話になった。
そりゃもう殺したくなるくらいに。
今度お礼にご自慢の眼鏡を叩き割ってやろう。
そんな事を考えながら、まだ恋人でいてくれる愛しい彼女の身体に、思い切り距離をつめて抱きついた。
「ところで、貴女は僕が・・・その、女性とホテルに入る所を見たんですか・・・?」
「ああ。偶々な」
「そ、そう、ですか・・・(ぐ、偶然って恐ろしい・・・)」
「あと会長からメール来て、あらかた事情聞いた」
「っ・・・(あの糞会長、やっぱりか・・・!!)」
「んで、”浮気したかったら俺の所に来い”って言われた」
「はあ!!?ちょっ・・・まさか、さっき、会長の所に浮気しに行こうとしたんですか・・・!!?」
「そうだけど?」
「っっ・・・本当に・・・思い留まって下さって、良かった・・・」
会長。眼鏡叩き割るだけじゃ済まさない。
暫く登校出来ない面にしてやる。
機関も世界も、糞喰らえだ!!
END.
古泉さんの浮気。でも被害者。
キョンは実は大してショック受けてません。
ただ、気に食わない事は確かなので、仕返しのつもり。
でも本気で他の男と寝るつもりでした。明らかに加害者!!(そして男前過ぎる)
これから古泉さんは相当謝り倒すと思います。
そしてウザくなったキョンさんに”それ以上謝ると浮気する”って脅されれば良い。
可哀想な古泉さん。でも幸せなんです多分。