チラリと、自分の隣にいる少年を見る。


李小狼。私に・・・いや、クロウ・リードに縁のある、強い魔力を有した少年。


普段割に口の少なく、落ち着いた彼だが、今は様子が少々おかしい。


ルビーがスピネルを強引に連れ出し、買い物へと勇んで出かけて行った今日。

自分1人でも暇なので、試しにこの少年を家に誘ってみたのだが。

家に来てから今まで、私の隣でガッチリ固まったまま、動こうとしてくれない。

口が少ない所ではない。

家に入る時の『お邪魔します』。ジュースを貰った時の『頂きます』。

くらいしか、今日私が耳にした言葉は無い。


どうしたのだろうか。もしや家にいるだけではつまらないのだろうか。


彼もまだ12歳。外で元気に遊びたいざかりだろう。

だが、今は夏休み。外は快晴。おまけに無風。

先程彼を迎える為玄関を開けただけでも凄まじい熱気が顔を直撃した。

いくら外見が10代でも、中身は言うにも憚られる四十過ぎ。

この日差しの中現役小学生と走り回るのは、苦行と称しても良い。

だから家に来て貰ったのだが・・・しかし、彼は外でやんちゃに遊ぶタイプでもない。


うーむ。と、思わず観察する様に、すぐ隣に腰を下ろす少年を見つめる。


すると、途端に顔を真っ赤にして、私が出したジュースを飲み始めた。


ストローを伝い、物凄い勢いで中身が減っていく。


そしてものの数秒で、ズゾゾと音を立てながらグラスを空にしてしまった。



少々呆気に取られながらも、余程外が暑かったのだろうと、彼のグラスに手を添える。



「え・・・」
「おかわり、持って来ますね」
「あ、ああ・・・」


彼からグラスを受け取る為に伸ばした指先が、彼の手に触れる。

その途端、彼の手が硬直し、グラスを手離してしまったので、慌てて掬い上げるようにそれをキャッチした。


「わ、悪い」
「いえ・・・では、少し待っていて下さいね」
「ああ・・・」


ニッコリ笑うと、彼は赤い顔を更に赤く染め上げて、視線を逸らしてしまう。


その様子に、何となく彼が殊更無口だった訳を勘付き、思わず意地の悪い笑みが浮かんでしまった。







ジュースを注ぎながら、思わず零れてしまいそうな笑いを抑え、改めて自分の装いを思い出す。


ルビーが『可愛いから』と言う理由で選んで来た、男には、少なくとも40過ぎには憚られる様なデザインの服。


どうやら一枚のみで着る様アレンジされた、ウェストコート。

ご丁寧にリボンがあしらってあるのが何とも可愛らしい。コレはどちらかと言えばさくらさんが着た方が似合う。

色だって、襟元は涼しげなスカイブルーだし、布地は薄く、白一色。

益々コレは少女向けだろうと思うのだが、ルビーはどうやらコレが気に入ってしまったらしく、私にと買って来たのだ。

流石に外に出掛ける勇気は無いので部屋着代わりにしたのだが、スッカリ忘れていた。


おまけに下など、ショートと言うよりホットパンツに近いのではと思わせる程丈の短いズボンだったりもする。

自分の生白い肌が良く見えて、我ながら不健康そうな色合いだと溜息が出た。

いや、学校の夏服もそれなりに短いズボンではあるが、それよりも短い気がする。ルビーは私に恨みでもあるのだろうか。

スピネルは何とも言えない哀しげな視線を向けて来ていた。まぁ、部屋着にしている私も私だが。



兎にも角にも、今じっくり自分の服装を見てみると、大分、と言うかやたらと露出の多い事に気づく。



首も肩も腕も足も、隠れている部分が少ない程に。


涼しいから。と言う理由で大して気にはしなかったのだが、あの少年には十分気になってしまった様だ。


進級して少し大人に近づいた彼に比べ、自分の身体は大分華奢であるし、顔も女の様な造りをしている。



更に加えて、彼が私に、友情とは違った形の好意を寄せてくれている事も、また承知だ。



私もそれを受け入れている訳だし、まだまだ拙いながらも一応想いは通じ合わせた仲。

なるほど。と、まだ酷く純情な少年を思い、また肩を震わせ笑う。



それと同時に、むくむくと、自分の悪い癖。

少々悪戯をしてやりたいと言う欲求が、胸に湧き上がってしまった。


彼も12。まだ子供とは言え、すぐに成長して、心も大人になってしまうのだろう。


あの純情で、子供らしい初心な反応は、今しか見れない、期間限定の貴重な代物である。


今の内にとことんからかっておこう。幸い家には2人きりだ。



注いだグラスをお盆に乗せ、彼の待つリビングへと戻る。

からかわれた彼が取るであろうリアクションの数々を思い浮かべると、やはり自然と口元が笑ってしまった。






「お待たせしました」
「え、あ、ああ、悪い・・・」
「いいえ」


グラスを渡すと、彼はまたストローを咥え、ジュースを吸い上げる。

そんなに飲んでは腹に溜まるだろうにと思うが、彼なりの緊張を紛らわす方法なのだろう。

精一杯の努力なのだろうが、可哀想に、今すぐ無意味な物になってしまうが。


「・・・そんなに、喉が渇いていらしたんですか?」
「えっ・・・あ、ああ、そ、外が暑かったから・・・」


少し顔を寄せて問えば、彼は一度私の顔を見遣った後、勢いをつけて顔ごと目を逸らした。

もうその反応からして面白い。まだまだ、困らせても良いだろう。


「確かに暑いですね、今日は近年稀に見る猛暑だそうですよ」
「そ、そうなのか・・・確かに、風もないしな・・・」


話が少々逸れた事に安堵したのか、彼は少し肩の力を抜いて、グラスをコースターの上に置く。

それを見てから、わざとゆっくり手を動かし、彼の視線を引き寄せる。


「空調を効かせてはいるのですが・・・広さがありますから、やはり少し部屋も暑いですね」


指先に控え目な視線を感じながら、襟元を少し割る。

この少年に比べると際立つ自分の生白い肌が、水色の襟生地から覗く。

途端、少年の顔に再び濃い朱が走ったのを、横目で確認。同時に込み上げた笑いを堪えるのに必死だ。


「李君?どうしました?」
「えっ!?い、いやっ、な、なんでもない!」
「顔が赤いですよ?熱中症にでもかかったのでは・・・」
「ち、違う!へ、平気だ、本当に・・・何でも無い・・・」


可哀想なくらい慌てている彼を見ると、何だかやり過ぎた様な気がしないでもない。

けれどまだ個人的には序の口なのだ。もう少々からかわせて貰おう。


「本当ですか?でも、やっぱり心配ですね・・・少々失礼」
「え・・・」


彼の前髪をかき上げてやる。

やはり外の暑さの所為で少々しっとりしているが、子供特有の繊細さを持つ髪質だ。

いつかこの髪が、硬い男の髪になるのだろうと思うと少し寂しい気もするが、今はそちらではない。

露わになった、少し汗ばむ彼の額に、自分の額を押し当てる。


「なっ・・・な、なな、な・・・」


自分は体温が低い方だ。だから外を歩いて来た上、私にくっ付かれて体温の上がっている彼の額は、熱い。

最早茹蛸と称すのが相応しい様な赤面具合の彼に気付かぬ振りをして、さも慌てた様に言う。


「やっぱり熱いですよ!冷やした方が良いでしょう」
「ち、違う!本当に平気だから!お、お前がくっつくのをやめれば・・・」
「・・・私が傍にいるのは、嫌ですか?」


彼の咄嗟の言葉に悲しげな表情を浮かべると、瞬時にグッと彼が言葉を詰まらせる。

面白い子だ。素直過ぎて、次に起こすであろう反応が手に取るようにわかる。

わかっているからこそ、その大袈裟な反応を楽しみたいのであるが。


「そうじゃない!そうじゃ、なくて・・・」
「すみません、でも、本当に体温が高いですから、応急処置はしておきましょうね」


熱中症の応急処置。と言う事柄に関しては、彼もあまり知識が無い様子で、キョトンとしている。

まぁ、小学生が完璧に把握していても、それはそれで怖い物があるが。

知らなくても当然だろうと心で思いながらも、表情はさも心配そうに眉を下げ、彼のシャツのボタンに指を掛ける。


「なぁっ・・・ひ、柊沢!?」
「熱中症の場合は、服を緩めた方が良いんですよ」
「だ、だから、違うって・・・!!」


彼の抗議も右から左へ流し、ボタンを外して前を寛げてやる。

それを止めようと私の手を握って来たのだが、そこからどうして良いかわからないらしい。

熱い手で私の手を包み込んだまま、固まってしまった。


「李君?」
「あ、いや、悪い!・・・って、違う、そうじゃなくて・・・」
「後は、冷やした方が良いですね」
「人の話を聞け!」


手を握っているのが気恥ずかしくなったのか、手を離しながらも抗議を続ける彼がおかしい。

私は相変わらず彼の言葉を聞き流しつつ、最初にジュースと一緒に持って来たお絞りを手に取る。

まだ十分冷たいそれを持ち、彼の首筋にそっと押し当てた。


「うわっ・・・」
「動脈の部分に当てて、血液を冷やすんですよ」
「わ、わ、わかった!わかったから!」
「首は嫌ですか?後は・・・腋の下なんかにも、効果はありますが・・・」
「いい!いいって!腋なんかもっといい!!」


流石に恥ずかしいのか、そこは断固拒否してきた彼。

その反応に思わず笑ってしまうも、気を取り直して、更におちょくる。



「あとは・・・ここ、ですかね・・・」



そう、ニヤリと笑い、指先を彼のズボンのジッパーに掛ける。



「なっ・・・!!!?」
「ここにあるのは大腿動脈です。股間に冷たい物を当てるのも、効果が・・・」



そう言って、戯れに彼のそこを撫ぜてやると、不意に彼の反応が止んだ。



先程まであれだけ激しいリアクションを返して来たのに、一体どうした事か。

それとも本当に嫌だったのだろうか?と、再び彼の顔に、自分の顔を近づけてみる。



「李君?・・・わっ!?」



突然、視界が反転した。

急激な動きに、脳味噌がついていかず、グワンと世界が回る。

しかし幸いにも此処はソファ。頭を酷く打ちつける事もなく、柔らかいクッションの上に寝転がされてしまった。



・・・寝転がされた?



「・・・あ、の・・・李・・・君・・・?」



オドオド呼びかけて見ても、彼は声を返してこない。


その代わり、切羽詰まった様な赤い顔で、転がした私の上に圧し掛かってくるだけで。



・・・ああ、私はどうやら、やってはならないミスを犯したらしい。



純情な心も、初心な反応も、子供の特権。

しかし、理性や論理ではなく、好奇心や衝動、本能に任せて行動を取るのも、また子供の特権。



子供である彼の理性は、ここいらが限界であったようだ。

今更気付いても遅いが。



いやはや、それにしても、子供子供と散々思ってきたが。

最近の子供とやらは、随分と進んでいるのだな。

私の知らぬ間に、世の中は大分変わったらしい。

少なくとも12歳の子が、こんな知識を持ち合わせているとは思わなかった。油断していた。



「李君、あの、ちょっと・・・待っ・・・!」



近づいて来る少年の顔。

先の私の様に、額をくっつけ合わせる訳ではないだろう。

私も伊達に生きてはいない、それくらいの事はわかっている。




そしてこの後、どんな事になるのかも。




ああ、いくら子供とは言えど、立派な男。


いくら小さきと言えど、立派に狼。




どうやらもう、悪戯であった。では、すまされないようだ。





























END.

ホントにね!(小悪魔もほどほどに!)
一応恋人(?)が、『今日、家に誰もいないから、来て・・・』なんて誘ってきて
更に超薄着。超露出。加えて服脱がせて来た上股間まで弄られたら・・・!
コレで誘ってないと言う方がおかしい。エリオル君が完全に加害者です。
大人視点で侮って、いつも小狼君に逆襲されてると良い。子供とて男である。