チラリ。
黒いサラサラした髪を追う。
チラリ。
誰よりも真っ白い肌を追う。
チラリ。
男の癖にやたらと華奢な細い身体を追う。
チラリ。
優しげな高めのトーンの声を追う。
チラリ。
女みたいな、いつもニコニコ笑ってる顔を追う。
ああ、何なんだ俺は。
気付けばいつも無意識にアイツの姿を追っている。
いくら気をつけても、知らず知らずに、呼吸の様に。
アイツは同じ学年だし、同じクラスだし、隣の席だし。
毎日顔を合わせる。
毎日声を聞く。
・・・毎日、眼で追いかけてしまう。
本当にイライラする。
腹が立つ。
何で俺はアイツを追いかけてるんだ。
何でアイツがこんなに気になるんだ。
本当に本当に、イライラする。
「李君、次、移動ですよ」
「え・・・あ、ああ」
見ない様に追わない様に。
意識していた所へ、コイツは呼びかけて来る。
わざとやってるのかと問い詰めたくなるくらい、毎回、同じ様なタイミングで。
そうやって呼ばれたら、やっぱりコイツの顔を見てしまう。
・・・優しい、笑った顔。
細められた眼がやたら綺麗に見えて、思わずすぐ顔を逸らした。
「?どうしました?」
「な、なんでもない!」
「そうですか?・・・ああ、もうそろそろチャイムが鳴ってしまいますよ」
「わ、わかってる!」
確かにもう教室には誰もいない。今気付いた。どれだけ考え込んでたんだ、俺。
ほんわりと急かして来るコイツに投げ遣りに返し、慌てて立ち上がる。
・・・と、その衝撃で、次の授業で使う予定のリコーダーが机の上から転がり落ちた。
カツンとうるさい音を立てて床にぶつかる。
でも、俺の今の心臓の音よりは煩くない気がした。
ハッとして、しゃがんで転がるリコーダーを拾おうと手を伸ばす。
・・・けど、俺が掴んだのは、硬くて冷たいリコーダーじゃなく。
「「あ」」
柔らかくて暖かい、真っ白な・・・コイツの手。
沈黙。
どうやら俺より早くリコーダーに手を伸ばしたらしいコイツの手を、思い切り握って・・・
顔が急激に熱くなる。
左胸が飛び出すんじゃないかと思うくらい、心臓がドクドク言ってる。
「・・・李君?」
「・・・え・・・」
「あの・・・手を・・・」
「・・・あっ」
柊沢の控え目な声に、我を取り戻す。
ついコイツの顔を見遣れば、少し困った様な表情で俺を見つめていた。
そこでようやく、コイツの手を離すと言う選択肢が思い浮かぶ。
「わっ・・・悪い!」
「いえ。・・・はい、どうぞ」
バッと手を離すと、コイツは事もなさげにリコーダーを手渡してくる。
いつものニッコリ笑顔で。優しい声で。
・・・一瞬コイツの周りがキラキラして見えたのは、多分急激に起き上がったからだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
また、沈黙。
・・・そろそろチャイムが鳴るから、さっさと音楽室に行かないといけないのに。
お互い動きもしなければ、何も言わない。
大きな眼が俺を見つめている。
息が詰まる。
そう言う風に見られたら、きっと俺はまた、無意識にコイツの眼を追いかけるんだろう。
ただでさえ、コイツの気配も声も、香りでさえ知らずに追いかけてしまうのに。
それなのにお前はこう言う風に、俺に近づいてくるんだ。
本当、腹立つ。
イライラする。
これ以上、俺の中に入ってくるな。
心臓がその内、止まりそうだから。
「・・・李君」
柊沢が、小さく俺を呼ぶ。
いつも無意識に追ってる声が俺を呼ぶと、やたら緊張する。
「・・・僕は、貴方に嫌われているんでしょうか?」
そして、少し困った様に笑って、そう続けて来た。
・・・嫌いな訳じゃない。ただ、ただ、お前の全部が、何だかやたらと気になって。
コレはそう。
嫌いって言うより・・・それよりも・・・何と言うか。
「・・・それとも・・・もしかして、僕が好き・・・だったりして?」
そう、冗談交じりに。
明らかなからかいを含んだ声に、カッと顔が真っ赤になるのを感じた。
何だコイツ。何て言ったんだ。
俺がお前を好きだって?突然何を言い出すんだコイツ。
ああもう、お前が下らない事を言うから、また心臓が煩くなったじゃないか。
心臓が痛いくらい動きまくって、頭がグルグルしてきた。
顔が熱くて仕方ない。お前が馬鹿みたいな事言うからだ。
どうしてくれるんだ。本当に腹立つ。
兎に角何か言わなくてはと、ニコニコ、いや、ニヤニヤする柊沢に、口を開く。
「お、お前なんか、好きな訳あるか!」
「おや、そうですか?」
「そ、そうだ!当たり前だろ!」
そう自分で言って、胸がチクリと痛んだ訳も分からず。
ただ、勢い任せの言葉に、少しだけ後悔しながら、柊沢の言葉を待つ。
するとアイツは、少し思案してから、伏目がちに笑って。
「僕は貴方の事・・・・・・好きなんですけどね」
一言だけ言って、またニッコリ。
先に行ってますね。なんて言って、静かに教室を出て行ってしまった。
・・・ああ、本当、本当・・・イライラする。
なんなんだ。
何でアイツの事ばっかりこんなに気になるんだ。
無意識に眼で追いかけて。アイツの事ばかり考えて。
手が触れてドキドキして。好きじゃないと言って、胸が痛んで。
好きだと言われて、嬉しくなって。
・・・ちょっと待て。
違う。違う。嬉しくなんかないはずだ!
大体なんで嬉しいんだ。
それだと、まるで俺が本当にアイツの事を・・・・・・
「っ・・・違う、違うって!」
呪文の様に、自分に言い聞かせる様に呟く。
「・・・お前だけは、ありえない」
柊沢の笑った顔が脳裏に浮かぶ。
いつもいつも眼で追っている、アイツの優しい笑顔。
その笑顔と、さっきのアイツの言葉が被さり、全身の血液が音を立てて激しく流れた。
その激流に流されそうになる自分の気持ちを留め、もう一度、ある言葉を添えて、呟く。
「・・・お前だけは・・・絶対に、ありえない」
・・・絶対なんて、一番あやふやな言葉を。
END.
李君の意地っ張り!(でもどうせ両想いになったら素直過ぎるくらいになる)
エリオル君の一人称が『僕』なので、まだ5年生の頃。
李君の気持ちを見抜いて、おちょくって遊んでいます。いけない人!
でも李君が自分の気持ちを認めたら、立場逆転。覚悟しといて下さい。
まぁ何にせよ、李君はエリオル君大好きです。一途な少年。恋せよ少年。