ふわり。などと可愛らしい物ならば、風流もある。


だが、止め処なく雨の様に降り続ける雪は、それは冷たく。


赤い着物を着た少女も、薔薇色の唇を蒼に変え、ガタガタと震えていた。












『剣の日常・冬』












「うぅぅ・・・・・」
「何を震えている。とっとと木刀を握れ」
「師匠、寒くないの・・・!?」


頭に雪が積もるのも気にせず、剣は必死に自分の身体を抱き締め、震えている。

辺り一面は雪景色。

足が踝までスッポリ埋まってしまう、まだ朝と言っても良いこの時間。

唯一隣で音を発するのは、夏よりも荒々しく波を立てる、沢のみ。



そんな中比古は、普段と何一つ変わらぬ表情で剣に向かっている。



「こんなモン気合で何とでもなる」
「ば、化け物・・・」
「何か言ったか」
「な、なんでもない・・・」


寒さの所為か、言葉にも覇気が無い。

ただただ、己の両腕で身体を抱き、ガチガチと歯を鳴らしている。


「大体師匠、どうして外套の下、半袖なの・・・!?」
「何がだ」
「見てるだけで寒い!!」
「知った事か」
「うぅぅ・・・さ、寒い・・・」
「良いからとっとと木刀持って構えろ!」


比古に言われ、剣は渋々、身体を振るわせたまま木刀を手に取った・・・

・・・が、寒さで構えを取る事も出来ないらしい。


「む、無理・・・」
「やる気になりゃあ何とかなる」
「し、師匠、自分が平気だからって・・・!!」
「少し動けば身体も温まる、行くぞ」
「ま、待って!待って!!」


構えを取った比古に、剣が慌てて制止を掛ける。



だが、既に比古の切っ先は目の前に来ていた。



足が冷たく、固まっていた所為か、避ける事が叶わず腹に喰らう。

比古が手加減をしていたお陰で大事は無いが、剣はぐぅと呻くと雪の上に倒れ込んだ。

それなりの厚みがあった為か、大したダメージはなさそうだった。


「っっっ〜〜〜っ」
「避けろ」
「む・・・り・・・」
「ったく、馬鹿弟子が・・・基本だろうが」
「だ、だってもう、頭が動かない・・・」
「ほぅ」


剣の言葉に、比古が意地悪く笑う。

そして、剣の襟を猫の首の様に掴むと、顔を見てまた笑った。

その口元の笑みに、剣の顔が別の意味で青くなる。


「な、何ですか・・・?」
「なら、冷たい水でも被って目を覚ますんだな」
「へ?・・・え、ちょっと、嘘・・・!?」
「オラ、行って来い!」
「きゃあぁぁぁあああ!!!!」




比古が、軽い動作で彼女の身体を放り投げる。




剣の細い体が、冬の荒い沢へと消えた。











「はぁっ・・・はぁっ・・・はぁっ・・・」
「お、戻って来たな」


それから少し。

剣が顔を真っ青にして沢から上がって来た。


唇は蒼から紫へと変化し、毒でも塗りたくったかの様な色合いになっている。

肌は白から蒼へと変わり、いかにも凍えていると言った風貌。

身体はもう異常な程大きく震えており、ガタガタと音が聞こえて来そうな程だ。


「唇が紫になってるな」
「だ、だ、だ、だれの、せい、ですか・・・!!!!」


震えの所為で、言葉が小刻みになる。

その合間合間にも、歯がガチガチと音を立てていた。


「し、し、死んじゃう・・・!!!」
「こんなんで死ぬか」
「し、死ぬっ・・・ふ、震えが、と、とまんない・・・」


蹲った状態から動けない剣に、比古は溜息を吐く。

そして、先程彼女が落とした木刀を投げ、呆れた様子で言った。


「オラ、とっとと構えろ」
「ま、ま、待って・・・あ、あと、さ、30秒・・・!」
「却下、10秒だ」
「せ、せめて半分は、待って・・・!!!!」
「・・・・・はぁ」


そう言いながらも動く気配の無い剣に、比古は早々に諦める。

まぁ、今日の冷え込みは異常だ。

その上真冬の川に放り込まれたのだから、動けないのも無理は無い。

流石に無理かと、漸く思い直した。


「・・・仕方ない。今日は止めておいてやる」
「ほ、ほん、と・・・?」
「ああ。その状態じゃぁ、本気で死にかねんからな」
「あ、あ、ありがと、う、ございます・・・」
「ったく・・・」


それでも動かぬ彼女の身体を抱え、少々驚く。


まるで氷の塊を抱えたかの様な、冷え。


コレは動けん訳だと、納得に近い気持ちで剣を見た。


「さ、さむ、さむい・・・」
「あぁ、わかったわかった」


しがみ付いて来る剣の指先は真っ赤になっており、相変わらず身体の弱い奴だと、比古が呆れた。














庵に戻り、剣に風呂の支度をさせ、漸く湯が暖まった頃。


比古が風呂場へと向かおうとすると、剣が震えながら声を掛けて来た。


「し、師匠・・・」
「何だ」
「あ、あの、お願いが、あるんですけど・・・」
「却下」
「ま、まだ何も言って無い・・・!!!」


両腕で身体を抱き締める彼女の唇は、いまだ紫に染まっている。

何だかそれがヤケに毒々しく、彼女の愛らしい顔にはまるで合わなかった。


「どうせロクな事じゃあないだろう」
「ち、違うっ・・・きいて、お願いだからっ」
「・・・何だ」
「い、一緒にお風呂、入って良い・・・!!?」
「・・・・・・却下」


やはりロクでもない事だったと、比古が呆れる。

大体、剣はもう12の少女。

加えて、頭は足りないが、身体の発育だけは良い。

もう女の身体へと成長している彼女と、一緒に入れる訳が無い。


だが剣は、比古が風呂から上がるまで待て無いのか、冷えた足を動かしながら更に言う。


「だ、だって、このままいたら私、凍え死んじゃう!!」
「なら死んでろ」
「酷い!し、師匠、風呂から上がって死体があったら嫌でしょぉ!!?」


それは嫌に決まっている。

だが、清い体の、それも女の身体を見る訳にも行かない。


「お願い!ね、お願い!!」
「・・・却下」
「どぉして!?昔、一緒に入ってたじゃないですかぁ!!」
「・・・いつの話だ」
「え・・・とぉ・・・私が6つの時だから・・・6年前です」
「もう一遍沢に飛び込んで来い」
「嫌!!そんな事したら今度こそ死んじゃう!!」


食い下がる剣に、比古はどうするべきか悩み始めた。

相変わらずこの少女は、変な所で頑固だ。


「ね、良いでしょ?師匠、私の後にお風呂入りたくないでしょぉ!?」
「・・・・・・」


確かに、残り湯などに浸かりたくはない。

剣もそれをわかっているらしく、比古に更に近寄った。


「ね?ね?」
「・・・・ったく、勝手にしろ」
「ホント!?わーい!」


もうどうにでもなれ。


投げ遣りな精神で、比古はさっさと風呂場へ向かった。


その後を、剣も小走りで追う。





雪は先程よりも、多く積もっていた。







少女剣の、冬のある日。































END.


スパルタだけど甘い比古さん。
実際こんな感じだったら、剣さんも捻くれて無いだろうなぁ・・・。
家の剣さんは比古師匠にある事情で、15の時に追い出される設定。
頭の中でストーリーは固まってる。けど書けない。
家はR-18サイトではないからね。