剣の姿を見ない。


先まで大人しく隣で座っていたのに。


あの小さい陽だまり色の少女の姿を、ふと眼で追う。



剣は、ある木の下で座り込んでいた。



何をしているのか。と思ったが、気付く。


この少女と、剣と春を迎えるのは初めてだ。


桜の木の下、桜の着物を纏った齢6つの少女を見つめ、思い出す。

茶屋の女将から好意で貰ったべべを着込み座る剣。

暫くそのまま見つめていたが、いつまで経っても動きやしない。


何をしているのかと呼ぼうとした所、剣の方が先に動いた。



両手に、桜の花弁を持って、コチラへ走って来る。



途中何度か躓きそうになりながらも、その小さな手に花弁を包み。

空色の眼に俺のみを見つめながら、儚げな微笑で。

まるですぐに散る桜の様な微笑に、思わず手を伸ばしてその軽い身体を受け止めてやった。


「ししょお」
「何だ」
「・・・これ、ししょおに、あげるね」


俺の腕に軽々抱かれ、剣は伏目がちな微笑みで俺に花弁を渡す。

何のつもりかとも思ったが、6つの子供の考える事。

綺麗だったから。とか、そんな純粋な理由にしか過ぎないのだろう。


剣を膝に抱き、軽い礼を言って受け取ってやれば、剣は笑う。


桜の様に儚い微笑で。


「ししょお」
「何だ」
「はじめてだね。ししょおといっしょ、おはなみ」

幼くして親を失ったからか。
幼くして血に塗れた惨劇を目の当たりにしたからか。
幼くして、その小さい心の許容を超える苦痛を味わった為か。

剣は酷く、幼い。

歳よりも随分精神が幼く、言葉も舌足らずだ。

少しばかり、聞き取り辛い。

俺との花見が初めてだと言うのが嬉しいと言う事は、取り合えずわかった。


「これからも」
「ん?」
「これからも・・・ずっと、つるぎと、おはなみしてね」
「・・・ああ」
「らいねんも、そのらいねんも、つるぎと、おはなみしようね」
「わかったわかった」


約束を取り付ける剣に答えてやれば、剣は満開の桜の様に笑う。

もう、1人になるのは嫌なのだろう。

俺と一緒に。そう繰り返し、剣は願う。


いずれ叶わなくなる願いを、齢6つの少女は、ただ純粋に願う。


「・・・きれいだね」
「そうだな」
「・・・ししょお」
「何だ、さっきから」
「・・・つるぎ、ししょお、だいすき」
「・・・そうか」



この少女が迎えた春。


『剣』の名を与えられて、初めて迎えた春。





『心』の名を捨てて、初めて迎えた、春。







拾われ時代。雨黙設定では6歳です。
女物の着物をちゃんと着てるのは10歳くらいまで。
そっからは胴着です。剣術指導開始。
精神的ショックの所為か、心がとても幼いです。
ちなみに剣さんの本名は『心(こころ)』設定。