「師匠師匠ーーーっ!!!」
馬鹿弟子・・・もとい愛弟子の喧しい声が青空に響く。
稽古の最中は死相を浮かべる癖に、休憩になった途端コレだ。
相も変わらず現金な少女に、ジロリと一瞥くれてやる。
だがそんな俺の視線にもケロリと笑い、無邪気にじゃれ付いてくる剣。
身体だけは一丁前に女なのに、精神は相変わらずガキも良い所だ。
無防備に男に抱きつくなと何度言ってもわかりゃせん。
もう半ば諦めてはいるのだが、如何せん、町へ下った際に厄介を起こされてもかなわない。
だがこの阿呆に何を言っても3歩でも歩けば忘れちまう。
ああ全く、この6年、教育を間違えたと悔やまない日は無い。
「ねぇ師匠、何難しい顔してるのー?」
「お前、いくら俺であろうと、男に気安く飛びつくなと何度言えばわかる」
「だってだって!ホラ見て師匠!桜、満開ですよ!」
剣が興奮気味に見せた物。
それは、薄く色付いた桜の花弁だった。
ああ。と、視線を上げて向こうの木々を見遣れば、既に花弁を綻ばせた桜の木々。
その舞って来た花弁を摘み上げ、喜び、俺に見せて来たのだろう。
幼い頃から、何か見つけると嬉しそうに俺に見せに走って来るのは、こいつの癖だ。
「此間までまだあんまり咲いてなかったのに、一気に満開ですよ!」
「そうだな、良い酒の肴になる」
「う〜・・・師匠ってばお酒の事ばっかり!」
「お前だってどうせ、団子が美味そうだ。とか考えてたんじゃねぇのか?」
「うぅっ!し、師匠、何でわかるの〜!?」
「お前の考えなんざお見通しだ、ガキ」
「ふーんだ!お酒の事ばっかの師匠に言われたくないですぅ〜!」
ぷいとソッポを向きながらも、俺から離れない剣に溜息を吐く。
この馬鹿は常に人肌恋しいのか愛情に餓えているのか。
隙あらば俺にひっつき、離れやしない。
夏場は流石にコイツも触れて来ないが、暑さが過ぎればこの通り。
人の膝に乗っかり、満足そうに笑っている。
それを許している俺も相当な親馬鹿であるが、これも常々6年間、悔いている。
「ねぇ師匠!明日は修行お休みにして、お花見しようよー」
「何馬鹿言ってやがる。花見なら夜でも出来んだろうが」
「夜もしたい!でもお昼もしたいー」
「却下だ。夜桜を肴に酒が飲めりゃあ、十分なんだよ」
「私飲めませんもん!ねーねー、お昼もお花見しようよー師匠ー」
グイグイと俺の白外套の襟を引っ張り訴える剣。
お前は幾つだとねめつけてやれば、頬を河豚の様に膨らませて、またソッポを向く。
全くこのガキは、12になるとはとても思えない。
「お茶屋の女将さんが、お団子用意してくれてるかもー」
「金は払う事になるんだよ、馬鹿」
「うー・・・だってだって、明るい内にお花見したいんだもん・・・」
シュンとしょげて見せる剣は、本当に幼い。
落ち込んでいる癖に俺の襟を掴んだまま離さない所なんざ、昔のままだ。
そして、そんなコイツの様子を見ると、つい甘やかしてしまうのも・・・昔っからだ。
「あー、仕方ねぇ。今日はコレで稽古を終わらせてやる。それで良いだろう」
「えっ・・・ほ、本当!?本当に!?」
「まぁ、技も1つ体得した事だしな。褒美だ」
「わーい!ありがとう!師匠大好き!」
「うるさい。黙って桜でも何でも見てろ」
自分の甘さが嫌になる。
コレだからコイツが成長しないんだと重々承知はしているのだが。
ああ全く。と額を押さえるも、剣はお構いなしだ。
「ねぇねぇ師匠、こっち、桜すごく綺麗!」
「あぁ煩い、一人で見に行ってろ」
「だめ!だって、お花見は師匠と一緒に見るんだもん!」
幼い頃から、剣は俺とずっと一緒にいたがる。
初めての花見も、コイツはずっと俺と、花見を続ける事を望んでいた。
それを今も覚えているのかいないのか、兎に角コイツは花見は絶対に俺と。と、決めている。
「ねー師匠!はやくはやくー!」
剣が、ある桜の木の下で俺を呼んだ。
剣が初めて此処で春を迎えた時、俺へ渡す花弁を集めていた木の下で。
修行時代。12歳の時。
個人的妄想ではこの時代が一番多いです。
12歳にしちゃ、身体の発育は良く、精神の発育が遅い。
そして比古さんがゲロ甘です。そりゃあ剣さんも甘えっ子になる!