夏の白い日差しが痛い程突き刺さるこの日。
ザァザと心まで涼しくさせる、川の音。
せせらぎと言うには猛々しいその水音。
白く飛び散る飛沫と同じ色の、光を受けて反射する砂利の上。
随分と体躯の良い精悍な顔立ちの男。
淡い緋色の髪をした、細身の愛らしい少女。
この2人が、木刀片手にじっと対峙していた。
『剣の日常・夏』
「今日お前に伝授してやるのは、龍槌閃だ」
ビッと手にした木刀を少女へと向け、良く通る声で言うのは、比古。
「りゅ、龍槌閃・・・・?」
その言葉に、少々オドオドした仕草を見せたのは彼の1人弟子、剣。
そろそろ12になろうと言うのに、まだ幼さの抜けきらない少女だ。
「良いか、まずはいつもの様に構えを取れ」
「は、はい」
剣が、比古に言われるまま木刀を構える。
だが、顔色が些か優れない。
これから何が起きるのか、大体予想が出来ている様だった。
「あの・・・師匠」
「何だ」
「もしかして、私、また一発食らわされます・・・?」
「それ以外にあるのか?」
その予想を恐る恐る聞くと、やはりと言いたくなる答え。
また痣が増えるなと、剣は項垂れたい気持ちになる。
「おい、何ぼーっとしてやがる」
「へ?あ、な、何でもないです!」
「フン、まぁ良い・・・行くぞ」
「・・・・はい」
出来れば来ないで欲しいのだが・・・。
そんな事を言ったら倍に扱かれるに決まっている。
ここは我慢して、くっと木刀を強く握り直した。
それを合図として、比古の大柄な体躯が何かに引っ張られる様にして飛び上がる。
その余りに自然過ぎる跳躍は、偏に彼の異常なまでに発達した筋肉による物なのだが。
それでも知らぬ物が見れば、何かの仕掛けでもあるのではないかと言う程に、しなやかな跳躍。
「っ!」
剣が師の姿を目で追う。
彼の姿は、丁度白い太陽の真前に浮かび上がり、剣の眼を襲った。
逆光で比古の姿が見えない。
だが、一瞬眼を凝らしたその途端、もう比古の姿は剣の真上にまで迫っていた。
「わ!?」
剣が咄嗟に木刀を頭上に構える。
だがそれは間に合わず、ゴズッと言う鈍い音が川の水音に混じり、流れていった。
「いぃっ・・・・・・・っっ・・・・・・・・っ」
頭を両腕で抑えた剣が、スローモーションの様に倒れ込む。
どうやら相当な衝撃と激痛が走っているらしく、ピクピクと身体を震わせている。
綺麗に着地した比古は、そんな弟子をやれやれと言った様子で見遣っていた。
「おいコラ馬鹿。とっとと起きろ」
「〜〜〜っ・・・あぁぁっ・・・・っつぅ〜〜〜っ・・っっ・・・」
言葉にならない声を発する剣。
先程から硬直した様に頭を抑え、そこから動かない。
確かに、189pの身長。そして更に87sある彼が遥か上空から。
重力に任せて急降下し、勢いの衰えぬまま木刀を振り下ろしたのだから、仕方が無い。
今すぐ起き上がれと言うのも、中々に無理な話だ。
「おい」
「〜〜〜〜〜〜いっ・・・たぁぁぁぁ〜〜〜」
「喋れるなら、とっとと起きやがれ」
「〜〜〜師匠!!」
ゆっくり起き上がるのは無理だと悟ったのか、剣が腹筋を使いガバリと跳ね起きる。
だが次の瞬間、酔った様にフラリと身体が揺れていた。
「何だ」
「何だじゃないですよ!!何すんですかぁ!!」
「馬鹿タレ。これが龍槌閃だ」
「最初っからどう言う技かくらい教えて下さいよ!!!」
「意味ねぇだろぉが」
「あります!!防御くらい出来ます!!!」
涙をポロポロ零しながら我鳴る剣に、比古は心底煩そうに耳を指で塞ぐ。
それに構わず、剣はまだ両手をブンブン振り回し意見をぶつけていた。
「師匠手加減してないでしょぉ!!」
「している」
「嘘!!」
「俺が本気でやったら今頃お前はお陀仏だ」
「〜〜〜〜でも、痛い!」
「修行は痛いモンだ」
「だからってコレは痛過ぎですよ!!師匠の馬鹿!!」
「この馬鹿弟子が。師を馬鹿扱いするたぁ何事だ」
「大体!いきなりこんなの喰らったら頭割れちゃうじゃないですか!!」
「あぁ・・・それは困るな、脳味噌が零れてこれ以上馬鹿になられたら手の施し様が無い」
「〜〜〜〜またそうやって馬鹿にする!!!」
ギャーギャーと喚く剣を適当にあしらい、比古は再び構えを取る。
それに気付いた剣も、慌てて木刀を拾ってから同じく構えを取った。
「おら、とっととやってみろ」
「無理!!だって何が何だかわかんないまま終わっちゃったもん!!」
「ほぅ?・・・なら、もう一度叩き込んでやる、有り難く思え」
「えぇぇーー!?やだ!絶対やだ!!死んじゃう!!!」
「死ぬか、馬鹿タレ。手加減はしてやる」
「師匠の手加減は手加減じゃないの!!!」
まだ半分涙目の剣がそう叫ぶも、比古は既に地を蹴った後だった。
「あーっ、あーっ、師匠の馬鹿ァァーー!!!」
剣の透明な叫び声に被る様に、再びゴズッと鈍い音が山に響き渡った。
ザザァ・・・と、激しくも涼やかな川の音。
その音に掻き消されそうな程小さい声が、ボソボソと混ざって聞こえた。
「師匠の馬鹿・・・師匠の馬鹿・・・師匠の馬鹿・・・」
頭を両腕で覆いながら、剣が砂利に転がっている。
アレから何度も叩き込まれたらしく、いまだピクピクと身体が震えたまま。
木刀は既に放置されており、露出した腕の部分は擦れて赤くなっていた。
「誰が馬鹿だ」
「師匠・・・師匠の馬鹿・・・」
頭を抱えたまま起き上がって来ない剣に、比古が呆れた様な溜息を吐く。
そして、やおら立ち上がると、ガッと遠慮なく剣の身体を蹴った。
「ひゃぁ!?」
「おら、いい加減起きろ」
「お尻蹴らないで下さい!!割れちゃうでしょぉ!?」
「割れるか馬鹿タレ」
「もしお尻が3つに割れちゃったらどうするんです!?」
「そしたら縫い合わせておけ」
「師匠の馬鹿!」
まだ目尻には涙がたっぷりと溜まっている。
それが、ガバリと起き上がった衝動でポロリと零れ落ちた。
「それだけ騒げるなら、とっとと始めるぞ」
「えっ、待って待って!休憩!休憩!」
「今してたろうがよ」
「ええ〜・・・・・・じゃあせめて、汗だけでも流して良いですか!?」
「ンな余裕あるならとっとと龍槌閃を体得しやがれ」
「ん〜〜〜・・・師匠、汗まみれの私に抱き付かれたいですかぁ?」
「・・・・・安心しろ、避けてやる」
「え〜〜お願い!お願い!ね!?」
両腕を比古に伸ばして、わざと抱き付こうとする剣。
勿論比古はそれを腕で拒み、彼女の頭をグイと離した。
「わっ、わっ」
「あー・・・わぁった、とっとと汗流せ!」
「はぁい!」
一応、乱暴な形ながらも許可を貰えたので、剣がぱぁっと笑顔を取り戻す。
そのまま駆け足で水際まで近寄った。
「あ、師匠!見ないで下さいよぉ!?」
「誰が見るか」
着物に手を掛けた所で、剣が思い出した様に比古に言う。
だが比古は端から興味が無い様で、既に岩に腰を下ろし、酒を煽っていた。
その様子を見て、この炎天下の中では酒も温もってしまっただろうに・・・と、瓶を見遣る剣。
「師匠、お酒、一緒に川に浸けておきましょうか?」
「いらん」
「んー・・・でも、何だか温くないですか?」
「構わん。お前はとっとと水を浴びろ」
「はーい」
本当に良い様なので、剣は思考を切り替えさっさと着物を脱ぎ捨てる。
そしてその脱いだ着物を手にしたまま、なるべく浅い所を探し腰を下ろした。
「あー・・・気持ちいい・・・」
両腕をぐっと伸ばしながら、剣が幸せそうな声で言う。
そして、ぼぅっと空を見て、何やらポツポツと呟き始めた。
「・・・太陽が白いなぁ・・・」
「何だ、突然」
「コレは暑い筈ですよ。だってこんな眩しく光ってるんですよ?」
「あぁ、そぉかよ」
興味の無い様子の比古に、剣は飽きもせず話し掛け続ける。
サラサラと、絹糸の様な髪が川の流れに身を任せていた。
「こんな炎天下の中じゃ、あんまり激しく動かない方が良いですよぉ」
「ほぅ」
「だから、今日の修行コレで終わりにしません?」
「・・・・そうだな」
「・・・え、本当?本当に!?」
てっきりまた小馬鹿にされるかと思いきや、比古が返して来たのは何と肯定。
それには流石に驚いて、剣がガバリと立ち上がる。
「馬鹿垂れ、服を着ろ」
「え?あ・・・あはは」
比古に言われ、剣がはっと自分を見る。
今の今まで水に浸かっていたのだから、自分は裸だ。
何となく気まずく、もう一度ゆっくり川の中へと戻る。
だが、声だけは弾み、再び比古に問い掛けた。
「ねぇねぇ師匠、本当に終わり?」
「・・・そうだな・・・お前が俺から一本取れたら、終わりにしてやろう」
「え・・・・・・ンなの一生掛かっても無理じゃないですか!!!」
「煩い。とっとと服来て木刀持て!!」
「わーっ、師匠見ないでって言ったでしょぉー!!」
木刀を渡す為に近寄って来た比古に、剣が慌てて叫ぶ。
先程自分から立ち上がった癖に。と、比古はわざとらしく溜息を吐いた。
そんな喧しい声達も、あくまで涼やかな川音に流されていく。
少女剣の、夏のある日。
END.
何て楽しそうな修行風景。
原作でもこんな感じに楽しんでたら緋村も捻くれてないよ。
比古師匠も何だかんだ言って甘い。
剣さんは師匠大好き。
そんな感じの夏の暑い日。