「・・・・で?こりゃあ、どーゆーこった?」
寝ている、可愛らしい幼女・・・剣を前にし、比古は一言。
だが、その問いに答えられる者はいなかった。
『泡沫の日々2』
剣が幼くなってしまった翌々日。
比古が神谷道場へと足を運び、剣を前にして初めて言った言葉がコレだ。
だが、そうも言いたくなってしまうだろう。
「んー・・・・・」
当の剣は、泣き疲れて眠ってしまっている。
周囲は、もう疲労困憊と言った状態だ。
「本当に、何でこうなったのかわからないんですけど・・・ずっと、師匠師匠って、呼んでるんです」
「・・・・・・」
「ごめんなさい・・・」
「いいや、別にアンタが悪い訳じゃねぇからなぁ・・・」
謝る薫に、比古が思案顔で言う。
理由がわからないのなら、見つけるしかないだろう・・・。
と、比古が剣を起こそうとしたその時。
剣が自ら目を覚ました。
先程は、何を言っても泣きじゃくるばかりだった剣。
今回も大泣きから始まると全員身構えたが・・・
「あー・・・・。ししょぉーvv」
花の咲く様な笑顔を浮かべ、ぽふっと比古に抱き着く。
この反応には、周囲も驚くしかない。
「ししょぉー。どこいってたの??」
「ぁあ?・・・ったく、寝惚けてんのか?」
小首を傾げながら聞いて来る剣を、比古は何とも言えない気持ちで見る。
自分が剣を拾った時よりも更に幼い姿。
育て方を変えれば、あんなのにならなかったのになぁ・・・と、今更ながらに後悔してみた。
「おい剣」
「??」
「・・・剣?」
「??」
比古が名で呼ぶ。
だが、剣の反応が無い。
ただ、周りをキョロキョロと見回している。
「どうしたのかしら・・・比古さんが呼んでるのに」
「さぁ・・・」
恵と薫は首を傾げる。
アレ程比古を呼んでいたのにいざ名前を呼ばれると、反応しなくなる・・・。
周囲は不思議に思ったが、比古はすぐに一つの答えに辿り着いたらしい。
「・・・・心」
「はぁい」
心。と呼ばれた剣は、にっこり笑って返事をする。
やはり、本当の名前に反応するらしい。
「??なぁ、”こころ”って何だ?」
弥彦が全員を代表して質問する。
「・・・・さぁな」
だが比古は答えず、取り敢えず返事をする様になった剣に話しかけた。
「おい心」
「なぁに?」
「お前、何か変な物でも飲まなかったか?」
「?」
「何か拾い食いでもしたか?あの時みたいに」
あの時。とは笑い茸の事をさしているらしい。
「してないよぉ〜」
ぷぅと頬を膨らませて抗議する剣は、何とも可愛らしい。
佐之助はそろそろヤバそうだ。
「ししょおししょお〜」
「うるさい」
「ん゛〜・・・」
つっけんどんに言う比古に、剣は不満そうに睨みつける。
だが、愛らしい幼女がそんな事をしても、可愛いだけだ。
「いい加減に離れろ。引っ付くなら周りの奴等にでもしたらどうだ」
「や〜っ。ししょおが良いの〜っ」
ブンブンと首を振って駄々を捏ねる剣。
まだ薫や佐之助達が怖いのか、あまり視線を合わせようともしない。
少し傷つくが、仕方が無い。
「大体、何でテメェの名前覚えてねぇ癖に、俺の事ぁ覚えてんだ」
「ししょおがね。ずっと頭のなかにいたの」
「?」
「ししょおしか知らないの。だからはなれないで・・・?」
まるで1人きりにされた迷い子の様な瞳で縋って来る剣を見て、流石に無碍に突き放す事の出来なくなった比古。
これ以上冷たくしたら、また大泣きし出すだろう。
流石にそれは面倒・・・いいや、心が痛む。
だが、自分の自由と剣の安心感のどちらを取ると言えば、自分の自由に決まっている。
「ひゃあ!?」
「おい、コイツ持ってろ」
「おあ!?危ねぇな!」
しがみ付く剣の襟を引っ掴み、佐之助に投げ渡す。
突然の事に驚きながらも、しっかりとキャッチする佐之助。
「ふぁ・・・ししょぉ・・・?」
「あの、比古さん・・・?」
「原因を探らなけりゃあなんねぇだろ。その辺で聞き込みでもするか」
「ふわぁぁんっ、ししょぉ〜〜っ!!」
案の定大泣きし出した剣を無視して、比古はさっさと道場を後にする。
その後姿を、泣きじゃくり暴れながら追おうとする剣。
「お、おい剣!暴れんなって!」
「やぁぁっ!!おろして、おろしてっ!!」
バタバタを手や足を振られ、佐之助の腕が一瞬緩む。
その隙を見逃さず、剣はバッと飛び降りると、一目散に比古の後を追った。
「あ、剣さん!」
「剣!」
薫と弥彦は慌てて追う。
「手を離すな、阿呆」
「なっ、しょ、しょーがねーだろ!!」
斉藤の言葉に抗議をしつつ、その後に続く斉藤と佐之助。
「・・・本当に、どうなってるのかしら・・・」
1人残った恵は、静まり返った部屋の中で、不安そうに呟いた。
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