魔界での生活も、もうすっかり慣れた。
南野秀一として暮らしていた日々は、1000よりも昔の話し。
未だに幽助や飛影達との交流はあるが・・・。
まぁ、今ではほとんど人間界にも戻らず、忙しくこの世界で過ごしていた。
そんな折だった。
母さんを拾ったのは。
『邂逅』
すぐにわかった。
例え何百年、何千年経っていようと、忘れられぬこの匂い。
優しい、全てを包んでしまうような母さんの香り。
少々乳臭い様な気もするが、紛う事なく母さんだ。
しかし、何故?
頭では冷静に考えながらも、足は全速力で匂いの元へと向かっている。
間違える筈が無いのだ。
だからこそ、不安と疑問が胸を占める。
いた。
更地に横たわる人間の少女。
・・・少女?
・・・ああ、そうか・・・。
瞬間、理解した。
母さんは・・・南野志保利は、転生したのだ。
彼女が天寿を全うしてから、もう、1000年以上経つのだ。
もう、人間なら新しい器を貰っていても、何らおかしくは無い。
けれど、何と言うか。
まだ齢10程の少女を抱き起こし、思う。
人間が転生した時、これ程までに前世の面影を残す事が出来るのだろうか。
ここに眠る彼女は、母さんをそのまま幼くした様な容姿。
鴉の濡れ衣の様な黒髪は、腰まで届く絹の様な美しさ。
肌は、まだ10年間しか外気に晒しておらず、何とも瑞々しい様。
今は閉じられているけれど、きっと目も、黒真珠の様な、大きなくるりとした瞳だろう。
それに、この魂の色と匂い。
姿さえ違わなければ、俺はこの姿で『母さん』と呼んでいただろう。
それにしても、何故彼女はここにいるのだろうか。
一番考えられるのは、迷い込んだ。
と言う事だろう。
ここは比較的通路に近い場所。
うっかりと入り込んでしまったのだろうな。
そう思案していると、彼女がもぞもぞと身動ぎをし始めた。
じっと、見つめる。
「・・・・・・・・狐さん?」
キラキラと輝く黒目がちな瞳が、俺を捉える。
迷いの無い純粋な眼差し。
本当に、母さんと同じだ。
「・・・・どうした?迷い込んだのか?」
俺が聞くと、彼女は首を傾げる。
そして思い出した様に周りを見渡すと、悲しそうに俯いた。
その様子に、柄にも無く慌てて顔を覗き込む。
「ん?驚いたのか?」
「私、捨てられちゃったんです・・・」
「・・・え?」
予想だにしなかった一言。
それは、俺の頭の中でぐわんぐわんと響いた。
何?何だって?
「・・・・捨てられた?」
「はい」
「・・・・誰にだ」
「親戚の方です」
「・・・親はどうした」
「・・・・・・もう、いません」
何故。
まず、それが俺の頭に浮かんだ。
何故。何故だ。
彼女は生前、何とも素晴らしい女性だったではないか。
家族を愛し、姿の変わらぬ息子を愛し、優しさに包まれた美しく素晴らしい女性だったではないか。
何も悪い事なぞしていない。
なのに、この人生、何故こんな酷い運命を辿っているのだ。
行き場の無い憤りが、俺を支配する。
すると、その空気を感じ取ったのか、彼女は少し怯えた表情を見せた。
ハッとし、すぐに怒りを心の底に沈める。
「すまない・・・それで、親戚は何故」
「預かりたくないって言われたんです。
私、少し、変な力があるんです。
それが気味悪いから、預かりたくないって・・・」
そう言われ、再び怒りが湧き上がりそうになるのを抑え、彼女を良く見てみる。
微弱ながら、霊気の匂い。
どうやら、前世で俺を身篭った時、魂に霊力が付着してしまったらしい。
だが、それを気味悪いとは、何事か。
「・・・・・どうするんだ、これから」
「わかりません、私、死ぬかも知れないです」
そんな事はさせない。
死なせる訳がない。
何としてでも、彼女には、生きていて貰いたい。
「・・・・狐さん?」
「お前、名は?」
「・・・志保利、南野志保利です」
・・・名前まで、同じ。
何を意図する運命なのだろうか。
俺と出会わせる為の運命か。
秀一ではなく蔵馬として、彼女を守ると言う、運命か。
ならば、俺はそれに流されよう。
「・・・志保利」
「はい」
「1つ聞く。お前、元いた場所に戻りたいか?」
そう聞くと、彼女はイヤイヤと首を振った。
ならば、俺が言う言葉は一つしかない。
「・・・・俺と、共に来るか?」
思わぬ言葉に、彼女はバッと顔を上げる。
その瞳は、驚きと喜びに満ち溢れていた。
「・・・良いんですか?」
「ああ、お前さえ良ければな」
「・・・・お願いします、連れてって下さい!」
「良し・・・」
縋る様に言って来た彼女を片腕に乗せ、抱き上げる。
突然の事に驚いた様子だったが、それでも嬉しそうだった。
「自己紹介がまだだったな。
・・・俺は・・・『蔵馬』だ」
「・・・蔵馬さん?」
「・・・・ああ」
花の様に笑う彼女。
それは、やはり、幼いけれど・・・母さんで・・・。
「?蔵馬さん、どうしたの?お腹、痛いんですか?」
思わず、涙を零した。
この日から、幼い母さんと本当の俺との共同生活が
穏やかに始まった。
END.