俺の今の住処は、黄泉の要塞に近い場所。
並の妖怪が入ったなら出られぬ複雑な樹海の中。
少々狭いが、俺と少女の2人なら、十分だ。
「蔵馬さんのお家?」
「そうだ」
中に入って来た彼女は、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回している。
流石に人間界とは勝手が違う。
それも当然だろうな。
「・・・・志保・・・利」
うっかり母さんと呼びそうになり、慌てて名に訂正する。
しかし、慣れない呼び方だ。
「はい」
「良いか?この家の中では好きにして良い。
だが、外へは決して出るな。良いな?」
「はい」
礼儀正しく返事をする。
彼女はとても素直な人だから、大丈夫だろう。
そして椅子に腰を下ろそうとした時、彼女の服の汚れに気付いた。
「・・・随分と服が汚れているな」
「?・・・あ、本当・・・」
恐らく先程、土の上に寝転がった為に汚れたのだろう。
しかし、流石にこのままにしておく訳にもいかん。
・・・・だが、少女の服なぞ、当てがあったか?
躯・・・いいや、無理だろう。
幻海師範・・・彼女は、胴着か着物しか持っていない。
雪菜はもう成長してしまい、生憎サイズが合わないだろう。
ぼたんや小兎も同じ理由で却下だ。
・・・・。
「あの・・・蔵馬さん、どうしたんですか?」
「あ?あ、あぁ、何でも無い・・・だが、服を何とかせんとな」
「はい・・・」
どうしたものか。
・・・いいや、無い訳でもない。
買いに行けば済む事だ。
だが、妖狐蔵馬ともあろう者が、人間の少女を連れて服屋に?
・・・とんだお笑い種だな。
「?」
「・・・いや、何でも無い」
しかし、それと彼女の事を考えたなら、俺は勿論彼女を優先して考える。
・・・・・・・行くしかないか。
幸い、金なら困らない。
「・・・服、買いに行くぞ」
「え?・・・でも」
「金なら大丈夫だ。そのままでいる訳にはいかんだろう」
「・・・はい!」
嬉しそうに笑う彼女。
その笑顔を見ていると、自然と自分が『南野秀一』であった頃を思い出す。
あの頃は、偽りの自分に愛情を惜しまず注いでくれた母さんに、罪悪感を覚えるばかりだった。
今は本当の自分で接しているが、彼女が『秀一』と呼んでくれた日々が恋しい気もする。
全く、無いもの強請りとは言った物だ。
「ほら、行こう」
小さな小さな手を握り、緩やかに引いてやる。
柔らかい、白い手は、とても暖かかった。
魔界も最近ではすっかり発展し、様々な雑貨屋が繁栄している。
未だ魔界を統治する煙鬼の言い付けを守り、人間を頻繁に襲ったり・・・と言う事も少ない。
だがやはり、魔の棲むこの世界。
そら。彼女を見遣る奴等の目。
勿論、珍しい人間の少女。興味を引くのもわかる。
だがどうだ。ちらほら、涎を垂らしながら、賎しい視線を送って来る輩。
元々人間を喰らう者達が蔓延るこの世。
最近では規制が激しくパトロールが盛んな為、滅多に人間なぞ見られない。
加えて、何とも柔らかく旨そうな人間の少女が歩いているのだ。
そいつ等の気も、わからんでもない。
まぁ、もしも彼女に手を出そうとする不埒な者がいるなら、即オジギソウの餌にしてやって良いが。
「着いたぞ、ここだ」
華やかな装飾の施された店へと足を踏み入れる。
初めて入る女の店。
・・・何とも居心地が悪い。
「まぁ、蔵馬様!この様な所に、何か御用で御座いましょうか?」
俺も、魔界では名の知れた妖怪の1人。
元々極悪非道の妖怪として知られていたが、本格的に妖狐に戻ってから、更に。
黄泉の腹心として働き、今では中枢の機関で勤める俺を、知らぬ者はいない。
「・・・あら?人間のお嬢さん?」
「こ、こんにちは・・・」
「彼女の服を選びたい。良いか」
「勿論で御座います。さ、どうぞ奥へ」
女に通され、彼女の手を引きながら店の奥へと進む。
見慣れぬ雰囲気からか、異形の者に囲まれた恐怖か。
彼女は少々怯えた様子で、俺の手を必死に握り締めている。
その様子が愛らしく、俺は安心させる為に声を掛けてやった。
「大丈夫だ。何も怖くない」
「ご、ごめんなさい」
「何も悪い事などしていないだろう?さ、好きな服を選べ」
すぐ隣に立ち、促す。
彼女は数瞬戸惑ってから、おずおずと洋服を吟味し始めた。
その最中にも纏わりつく、視線。
勿論彼女への視線もあるが、俺へのだ。
チラリとそちらを見てみれば、店に来ていた女共が顔を赤らめてさっと目を逸らす。
・・・別に、女に惚れられて、悪い気がする訳ではない。
だが生憎、興味は無いが。
「・・・あの、蔵馬さん」
「ん?何か気に入ったか?」
「はい。あの・・・これ・・・」
と、彼女が控え目に差し出したのは、何とも質素な黒いワンピース。
値段を見てみれば、一番安価な物だった。
知らず、溜息が出る。
「・・・他には?」
「えっ・・・えっと・・・それで、良いです」
「一着では足りないだろう。他のも選んでおけ」
「は、はい」
俺が言うと、彼女は素直に服を選び始めた。
だが、見ているのはやはり値段。
時折可愛らしい服を手に取り眺めるが、値札を見て、そっと戻すのだ。
彼女が戻したそのピンクの服を、すっと奪う。
「あ・・・」
「これか?」
「あ、あの、でも、良いです。同じ、黒いので・・・」
「良いから。値段は見るな。好きなのを選べ」
「・・・でも」
「無いなら、俺が勝手に選ぶぞ」
そう言うと、彼女は少し困った表情を浮かべてから、頷いた。
そしてもう一着、淡い色の服を手に取り、俺に差し出す。
「・・・これ、良いですか・・・?」
「ああ、勿論だ」
「ありがとう御座います、蔵馬さん」
微笑む彼女の空気は、日溜りの様に心地好く、何とも穏やかな気持ちにさせられる。
思わず口元に笑みを浮かべ、彼女の頭を軽く撫でてから、会計を済ませ店を出た。
「あの・・・ありがとう御座いました」
「いや、良い。これから一緒に暮らすんだ、遠慮はするな」
「は、はい」
袋を持ち、彼女の手を右手で引いて、ふと立ち止まる。
「蔵馬さん・・・?」
「・・・忘れていた・・・」
「え?」
服を買ったは良いが・・・。
もう1つ、買わなくてはならない物があった。
だが、流石に俺は、そこに行く勇気は・・・無い。
「・・・・仕方ない・・・・」
「え?あの・・・」
「・・・少し行く所がある、良いか?」
「あ、はい」
彼女に頼む、か・・・。
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