「・・・と言う訳で、頼む」
「は、はぁ・・・」
雷禅の要塞にいた小兎は、目を丸くして頷く。
それはそうだろう、突然俺が
『この子の下着を選んでくれ』
・・・などと。
自分で言っていても、かなり鳥肌物だった。
何とか理由を説明し、納得して貰ったが・・・何だか情け無い。
「じゃあ、この子は・・・昔の・・・?」
「・・・まぁ、1000年程前の事だがな」
「そうなんですか・・・武術会やトーナメントにはいらしてたんですか?」
「まさか」
母さんは俺が妖怪だと知らなかったのだから、来る訳が無い。
知ったのは、最期の一瞬だ。
勿論俺は言わなかったが、今際の人間の勘には、敵わない。
「そうですか・・・・えっと、それでは、私が彼女の・・・えー、下着を」
「・・・・頼む」
「勿論です。・・・流石に、行き難いですよね・・・」
「・・・・ああ」
服ならまだしも、流石に下着となると・・・。
・・・俺も、抵抗がある。
「わかりました。・・・でも、一応、店まではついて来て頂いて構いませんか?」
「ああ、それは・・・」
彼女達だけでは、危険だろう。
何せ、戦闘能力の無い小兎と、人間の少女である彼女。
・・・奴等には、格好の標的だ。
「それじゃあ、行きましょうか。あ、えっと・・・志保利さんでしたっけ?」
「あ、は、はい」
「私の事は、小兎と呼んで下さいね」
「は、はい。小兎さん」
子供が好きなのか、普段のあの元気の良さは何処へやら、優しい口調の小兎。
実況の時とのギャップに、少々笑ってしまう。
「あ、あれ?どうかしました?」
「いや?・・・さ、志保利、行こうか」
「は、はい」
「あ、待って下さいよー!」
誤魔化す様に彼女の手を取り、歩き出す。
小兎の少し慌てた声が、何だかおかしかった。
「そう言えば」
「はい?」
不意に、思い出した様に言う。
隣に並んでいた小兎は、不思議そうに見上げて来た。
「幽助はどうした」
「幽助さんですか?今は人間界に戻っていますよ」
「人間界に?お前を残してか?」
「はい。何だか、人間界も色々大変らしいです」
「ほぅ」
最近はとんと戻らぬ人間界。
一体何がどうなっているのか・・・良くは把握していない。
だがこちらに何の影響も無い所を見ると、大した事態ではないのだろう。
幽助に母さんが転生したと知らせたら、どんな顔を見せるのか少々興味があったのだが。
「幻海さんのお顔も、見に行ったんじゃないでしょうか」
「ああ・・・なるほどな」
彼女の近況は飛影を通して知っているが。
幽助の事だ。どうにも気になったのだろう。
元気にしていると、聞いてはいる。
けれど、俺も、顔くらい見せておかねばな。
「あっ、ありましたよ、お店。えーと・・・蔵馬さんは・・・」
「俺はここにいる、何かあったら呼べ。財布からは、勝手に出して良いから」
「わ、わかりました」
人間界で言う、デパートの様な店。
中心部の繁華街なのだから、それなりに立派な建物だ。
小兎と共に、母さん・・・いいや、志保利は、そのビルを見上げる。
その驚いた様子が、何だか微笑ましい。
「大きい・・・」
「そうですねぇ。それでは、中に入りましょうか」
「あ、はい。えっと・・・蔵馬さん・・・」
じっと。小兎の手を握りながら、俺を見てくる。
不安なのだろうか。
「ここにいる、安心しろ」
「は、はい」
頭を撫ぜてやると、少し照れた様に俯く。
仕草は本当に、純粋な少女。
それなのに、どうしてこうも、彼女は母さんのままなのか。
ふわりと香る優しさも。
安らぎに満ちた黒い眼も。
「それでは、行って来ますね」
「ああ、頼む」
小兎と彼女が、建物の中に消える。
途端、ふと消えた、周囲の視線。
相変わらず、人間の匂いを追う習性がある奴等だ。
小兎だけで大丈夫だっただろうか。
・・・けれど、俺が中に入るのも、些か・・・気味が悪い。
心配だけれど、仕方が無い。
何かあれば、すぐにわかる。
もし彼女の血の匂いでもすれば、冷静でいられる筈も無いが。
別にそうなったら、また、脅えられる原因が増えるだけだ。
・・・・あぁ、またか。
ふと気付いた。俺へ向けられる視線。
先にも、服屋で感じたその視線。
女の視線だ。
悪い気はしないと言ったが、こうも多いと、中々に居心地が悪い。
しかも、たった一人、ビルの前で突っ立っているのだ。
・・・注目するなと言うのも、無理なのだろう。
纏わりつく視線は、少々うざったいがな。
「すみません、お待たせしました」
それから数十分した頃に、小兎と彼女が漸く出て来た。
小兎の手には、しっかりと大き目の紙袋。
「えっと、あの、お財布を」
「ああ・・・ありがとう」
「いえ、こちらこそ、勝手に使わせて貰っちゃいましたね」
「構わない。元々俺が払う物だ」
ただ、入るのが嫌だっただけで。
「それで、志保利。気に入った物はあったのか?」
「えっ・・・えっと・・・は、はい」
「志保利さん、とっても謙虚みたいで、何も欲しいって言って下さらないんです」
「・・・まぁ、予想はしていたが・・・」
「なので、申し訳ないですが、私が勝手に選ばせて頂きました」
「いや、構わない。悪かったな」
「いいえ。そんな事ありませんよ」
小兎から財布と紙袋を受け取る。
入っている物が衣類の為か、袋の大きさ程、重さは無い。
「今日は助かった。雷禅の要塞まで送ろう」
「あ。ありがとう御座います」
「さ、行こうか、志保利」
「は、はい」
手を差し出すと、自然に彼女の手が伸びる。
ふと、昔の自分を思い出して、急に切ない感情が溢れた。
「?どうしました?蔵馬さん」
「・・・いいや、何でも無い。・・・昔を思い出しただけだ」
「・・・・あ」
勘の良い小兎は、気付いた様だった。
俺が秀一だった頃。
彼女はこうして、俺に手を差し伸べてくれていたのに。
「今は、逆だな」
「?」
彼女が、俺の手を握ったまま、不安そうに見上げて来る。
すぐにハッとし、慌てて軽い笑みを浮かべた。
「何でも無い。さ、行こう」
「は、はい」
けれど、まだ、不安が拭えないのか。
彼女の手が、少し、強く俺の手を握り締めていた。
「小兎、今日は本当に助かった」
要塞の門まで辿り着き、小兎に礼を述べる。
小兎はピクピクと耳を揺らし、微笑みながら首を振った。
「いいえ。お役に立てて、良かったです」
「ああ・・・ありがとう」
「志保利さんも、いつでもここに遊びに来て下さいね」
雷禅さんと、幽助さんと言う方もいるんですよ。と、嬉しそうに話す。
本当に、子供が好きなのだろう。
志保利も初めより緊張が解れている様で、その言葉にはにかんだ笑顔を浮かべた。
「はい。遊びに来ます」
「是非是非いらして下さいね」
「それではな、小兎。幽助に宜しくと伝えてくれ」
「あ、はい!」
手を振りながら、彼女の姿が消える。
志保利はそれに驚いた様子だったが、すぐに俺にしがみ付き、ほっと息を吐いた。
「さぁ、帰ろうか」
「あ、はい」
彼女を見ながら言うと、穏やかな笑みを零す。
そう言えば。と、ふと思った。
彼女が俺と会ったのは、数時間前の事。
本当に、短い時間。
なのに、何故、彼女はここまで俺に懐いているのだろうか。
少なくとも、同性で、俺より格段に優しそうな小兎とも、まだほとんど言葉を交わさない。
一度思うと気になり気になり、率直に聞いてみた。
「・・・志保利」
「はい」
「今思ったのだが、お前は俺が怖くなかったのか?」
俺の問い掛けに、キョトンと、黒く大きい瞳を丸くする。
その様子が何とも愛らしく、頬が少し緩む。
「確かに最近では、妖怪も人間と交流を持つ様になって来た。
だが、俺は見るからに恐ろしいだろう?」
「?どうしてですか?」
「誰を引き裂いたかも知れぬ鋭い爪に、こんなキツイ眼つきをしている男だ。怖くは無かったのか?」
志保利は、少し瞳を動かしてから、当たり前の様に答えた。
「何だか・・・蔵馬さん、優しそうだったので・・・」
「優しそう?・・・初めて言われたな」
秀一の姿では、良く女の様だとか、優しそうだとか言われていたが。
妖狐の姿でその表現は、何とも合わない物だと、自分で笑った。
「フッ・・・優しそう、か」
「は、はい。・・・・あの・・・・それと・・・・」
「ん?」
言い辛そうに、口篭る。
その様子を見て、何も言っても怒らないと、それこそ優しく言ってやった。
けれど、次の志保利の言葉に、思わず目を見開く。
「蔵馬さんの事、何だか・・・前から知ってる様な気がするんです」
風が吹き抜けた。
志保利の髪は、軽やかに靡いている。
「・・・・知っている?」
「えっと・・・何となくです。もしかしたら、夢に見たのかも・・・」
「・・・・・・そう、か」
何となく、安堵する。
目の前のこの少女は、やはり、彼女だ。
俺の母だった南野志保利なのだ。
「・・・・俺も、前からお前を知っていたような気がするよ」
俺が言うと、彼女は、嬉しそうに、笑った。
NEXT