キッチンからガッチャンガチャンと音がする。

と同時に、ぼたんの叫び声と幽助の怒鳴り声。


リビングで寛いでいた飛影と小兎は、その何度目かの騒音にピクリと反応を見せる。

そして、またか・・・とでも言いたげに、重い溜息を吐いてみた。










『雪のある日』










「バッカぼたん!!鍋噴いてんじゃねぇか!!」
「えぇぇ!!?ひゃーーっ!!!どどどどうしよう幽助ぇぇえ!!!」


ガッチャン。
とまた、食器が激しくぶつかり合う音。
今キッチンはどうなっているのか。
小兎は少し考え、すぐに頭痛が始まったので考えるのをやめた。

「・・・だ、大丈夫でしょうか・・・」
「お前にはアレが大丈夫そうに聞こえるのか?」
「・・・いえ・・・あんまり・・・」

飛影に冷静に返され、小兎が素直に返答する。
彼女の反応に、飛影も”そうだろう”と簡潔に返事を寄越した。


今どうして、幽助とぼたんがキッチンに入っているのか。


事の始まりは幽助とぼたんの軽い遣り取り。
幽助が、ぼたんの料理を腕をからかい、ぼたんがそれに反発。
そこから良くある、『実際に見せてやろう』に発展したのだ。
だが幽助の予想通り、ぼたんの料理の腕は少々酷く・・・
急遽彼が助っ人に入ったのだが、それでも事態はあまり改善していない様子だった。

「・・・キッチン・・・お掃除大変そうですね・・・」

小兎が、この後の始末を考え、ゲッソリとする。
指輪を貰ってからは、人間界の幽助の部屋に住んでいる小兎。
そんな彼女は、大半の家事を請け負っている。
洗濯等は勿論、掃除や後片付けも。
料理は幽助が作る事もあるが、そう言った事は全て彼女任せ。

2人が荒らしたキッチンの掃除だって、恐らく小兎がやる事になるだろう。


耳を下げている彼女を見て、ソファに寝転がったままの飛影が軽く一声掛ける。


「・・・あの馬鹿共にやらせておけ」
「で、でも・・・私、ここに住まわせて貰ってるんですし・・・」
「幽助の奴が勝手に住まわせているんだろう。それにここは、あの馬鹿の家だ」
「そ、それはそうですが・・・」

飛影のつっけんどんな言葉に、小兎は冷や汗を掻く。
だが、彼なりの慰めなのだろうと、不器用な飛影の好意を素直に理解した。
直接的な繋がりはあまり持っていないが、それでも幽助を通じて、共にいる時間は長い。

暗黒武術会を初めとするなら、もう100年近くになる。

一応彼の事は、少しだけ理解しているつもりだ。





「あーっ、ねぇねぇ小兎ちゃん!!」
「えっ?あ、はい!」

暫くまた、リビングにのみ穏やかな時間が流れていたのだが、
キッチンからヒョコリと顔を出したぼたんにより、それは乱される。
何やら慌てた様子で名を呼ばれた小兎は、それにつられて大きな声で言葉を返した。

「どーしよう!牛乳が無いのーっ」
「え、アレ?此間買ったばかりなのに・・・」
「幽助が飲んじゃったんだってー!!」

ぼたんが両手を振りながら小兎の疑問に答える。
あぁ、なるほど・・・と納得したのも束の間、まだ慌てているぼたんに、小兎が一応問う。

「えっと・・・もしかして、今必要ですか?」
「必要必要!じゃなきゃシチューが作れないよぅ!」
「あぁ・・・そ、それはそうですよね・・・」

彼女が言うシチューは、恐らくホワイトシチューの方だろう。
それならば、牛乳が無ければ話にならない。
状況を理解した小兎は、少し考えた後、近くの引き出しから財布を取り出しぼたんに告げる。

「それじゃあ今から買って来ますね」
「ホント!?助かるよぅ」
「他に何かありますか?」
「えっと・・・ちょっと待って!」

ぼたんがキッチンの奥に引っ込む。
恐らく幽助に確認しに行ったのだろう。
少ししてから、再び軽い足音を立ててぼたんが顔を出した。

「えっとね、醤油が切れそうとか言ってるよ」
「醤油ですか。わかりました」
「ごめんねぇ小兎ちゃん、この寒いのに」
「いえ、どうせ明日には買いに行かなくちゃいけないんですから」

小兎がファーの付いたショートコートを羽織り、マフラーを首に巻く。
そして財布だけポケットに入れると、クルリと飛影へ顔を向けた。

相変わらずソファに寝転がっていた飛影は、小兎の視線を受け、同じく目を合わせる。

「私、お買い物に行って来ますね」
「今聞いた」
「あはは、それもそうですね・・・じゃあ、行って来ます」


笑いながら、小兎が部屋を後にする。

彼女が閉めたドアの音が、キッチンの騒音に掻き消され小さく聞こえる。

ガチャガチャと皿の鳴る音。

ぼたんと幽助の騒ぐ声。


コレではあの馬鹿に、小兎が出て行った音は聞こえていないだろう。


呆れた様子で再び溜息を吐くと、飛影が珍しく素早く起き上がる。


そして彼もそのまま、2人に断る事も無く、騒がしい部屋を後にした。












分厚い鉛色の雲が、街全体に影を落とす。

その雲からは、雨ではなく、白い雪が降りそうな気配。

試しに小兎が、はぁ・・・。と息を吐いてみる。

それは見事に白く、ふわりと温かみを帯びたまま冷えた空気に溶けていった。


手袋でもしてくれば良かったか。と、早速悴み始めた手を擦り合わせた、その時。



「おい」
「きゃあっ!?」



突然掛けられた低い声に、小兎がバッと両腕を挙げる。

それはまるで降伏した時の動作に似ていて、声を掛けた男も思わずギョッと身を後ろに引く。
だが小兎はすぐにハッと振り向くと、大きな目を更に真ん丸くして問い掛けた。

「ひ、飛影さん?」
「何だ」
「え、えと、いえその・・・どうしたんです?」

訝しげな飛影に、小兎はまだ煩い心臓を抑えながら問う。
先程までソファで寝ていたのに。
何か用事でも出来たのだろうか。
いやそれなら、何故自分に声を掛けたのか。

色々な意味を込めての一言だったのだが、飛影は軽く首を傾げるだけ。

それを見て、小兎はもう少し言葉を付け足して、自分の疑問を投げ掛けた。

「てっきり、あのまま寝ちゃったのかと思ってましたよ」
「・・・お前、あの騒がしい中寝ろと?」
「あ・・・あはは、ちょっと厳しいですねぇ・・・」

飛影の嫌そうな表情と声に、小兎は思わず共感する。
確かにあの騒音の中、1人眠っていろと言うのも中々に酷な話だ。
睡眠好きの飛影が言うのは珍しいとも思うが、それ程騒がしかったのだろう。

「じゃあ、お散歩ですか?」
「あの部屋にいると耳が割れそうなんでな」
「そ、そうですね・・・」
「・・・暇潰しだ、付き合ってやる」
「え?・・・お買い物にですか?」

意外な彼の一言に、小兎はキョトンとしながら返す。
飛影は、ああ。と一言だけ返して来た。
どうやら本当に買い物に付き合う気らしい。
一体どういった風の吹き回しだろうか。
そうも思ったが、彼の事だ、本当に暇潰しなのだろう。

「えっと・・・でも、良いんですか?」
「ああ」
「そう、ですか?・・・じゃあ、行きましょうか。ちょっと歩きますけど」
「お前の尺と一緒にするな」
「そ、それもそうですね・・・それじゃあ、行きましょう」



そうは言いつつも、歩き始めた飛影の歩幅は小兎と変わらない。



彼が合わせてくれているのだと、すぐに気がついた。

新しい一面を発見し、小兎の気分が少し弾む。

何故か突然微笑んだ小兎に、飛影は一瞬不思議そうな視線を向けたが、特に何も言わなかった。







そのまま無言で歩く事数分。

小兎はふと気がついた。


彼と2人きりで外を歩くのは、初めて。


先程のように家の中で2人になったりした事は何度かある。

だがこの様に並んで歩くのは、本当に初めてだ。

知り合ってそろそろ三桁の時が過ぎるのに。


そう思うと、何だかもう少し彼の事を知った方が良いんじゃないか。と、ちょっとばかり思う。

幸い彼は機嫌が悪い訳でもなく、暇潰しとは言え買い物にまで付き合ってくれているのだ。


少しくらいなら色々話してくれるだろうと、まだ何処か怯えている自身に言い聞かせた。


「・・・何を百面相している」
「へっ?」


いざ会話を。
そう思った矢先に、飛影から話し掛けられてしまった。

思い切り出端を挫かれ、思わずガクッと肩が下がる。

「い、いえ・・・こうして2人で外を歩くのって、初めてだなぁ・・・と」
「・・・・ああ、そうだな」
「いつもは幽助さんや幻海さんがいらっしゃいますから」
「ああ」

簡単ながらも、取り合えず返事は返してくれる。
あまり喋るのが好きそうではない彼だが、いくつかの質問くらい、答えてくれるだろう。
そう再び考え、今度こそ先に言葉を投げ掛ける。

「あの、飛影さん」
「何だ」
「えーっと・・・そう言えば、幻海さんは今いらっしゃらないんですよね?」

飛影が幽助の家にいた理由。
それは、幻海が今不在であるからだ。

いつもなら自分の家・・・幻海の寺に入り浸っている筈。
初めは少々驚いたが、その理由を聞いて納得し、そこで話は終わってしまった。
どうして彼女がいないかは、まだ聞いていない。

「ああ」
「どちらに行かれたんですか?」


小兎の問いに、突然何だと飛影が視線を落とす。


丁度肩の下辺りに、彼女の頭がある。

狐耳がフワフワ揺れた、あまりマジマジと見た事のないそれ。


そんな彼女は顔をグイッと上げ、飛影の返答を丸い瞳で待っている。


どうやらただの好奇心らしいと判断し、素直に答えてやる事にした。

別に、聞かれて困る事でも無い。

彼女は幽助の配偶者であるし、直接的ではないものの、自分との付き合いもそれなりに長い。


「・・・名は忘れたが、とある霊峰に行った」
「霊峰・・・ですか」
「ああ。札がどうのとか言っていたが、詳しくは知らん」
「へぇ・・・霊峰・・・」

小兎が納得したような声を上げる。
確かに幻海なら、そう言った場所に縁がありそうだ、と。

「飛影さんは行かなかったんですか?」
「無理に決まってるだろう」
「え?」
「清浄な気の宿った山だ。息苦しい」
「あぁ・・・そうですよね・・・飛影さんは特に、妖気が強いから・・・」

その長年培われた霊気が辛いのだろう。
それも、幻海の様に慣れ親しんだ霊気なら兎も角、妖魔を滅する為に蓄えられた力。
彼にとっては、毒薬に等しい。

「そこに行ってらっしゃるんですか」
「ああ。3日程戻らないと言っていた」
「遠いんですか?」
「恐らくな。場所まで聞いていない」

なるほど。と、小兎が声を小さく零す。


何か幻海に危険があった時は?・・・と聞こうとして、それはやめた。


彼女なら大丈夫。と言う安心感も、勿論あっての事だが・・・

飛影の場合、例え行き先を聞いていなくても、邪眼の力を少し解放すれば全て解決する。

万が一彼女に危機が迫る事でもあれば、光の速さで飛んでいけるだろう。

結構便利かも知れない。と、小兎は少し思った。

だが、死よりも酷い苦痛を伴ってまで得たいとは思わないが。


「・・・で?」
「え?」
「一体何処まで行くんだ。先程、コンビニとやらは通り過ぎたぞ」

飛影の言葉に、小兎はあぁと呟く。

そう言えば行き先を告げていなかった。

「あそこのコンビニ、品があまり揃ってないんです」
「ほぅ」
「なので、いつも駅前のスーパーで買い物をしているんですよ」
「フン、ご苦労な事だ」
「あはは、でも楽しいですよ」
「解せん」


肩をワザとらしく竦めて来た飛影に、小兎がニコニコ笑う。

いくら長く付き合いがあるとは言え、彼は少し怖い。

だが、意外と会話をする時にはする性格らしい。

1つ、新しい事実を知った。

























NEXT


異様とか言うレベルじゃない。

いや、カプじゃないんですよ!!
あくまで友達。仲の良い友達。
何と言うか・・・お互いの恋人の話で盛り上がれる間柄。みたいな。
でも傍から見ると恋人に見えちゃう。みたいな。
幻海師範は普通に事情を察すると思うので多分スルー。
しかし幽助は・・・気が気じゃないかもね。
長くなってしまったので2に続く。


※この背景、『創天』様の素材を、少々色味変更してしまったのだけど・・・。
だ、大丈夫だっただろうか・・・;;
規約を確認したかったのだが、『創天』様がデッドリンク中の為・・・(汗)
うぅ・・・色味を変えただけだけど・・・不安。
もう再開なさらないのかなぁ・・・(更新は数年前から停止中だったけど)