良い天気だ。

まだ入道雲までは顔を覗かせていないけど、それでも夏の空。

何処か近い様で、アイツの肌の様に白く眩しい太陽が照り付けている。

それでも風は心地良く吹いているし、外にいても然程辛くはない。


サラサラと草花が風に撫でられる音を聴く。


柊沢の家の庭は、いつだって季節の花が咲き乱れている。

特に春や秋には色とりどりの花が綻んで。
あまり花に興味の無い俺でも思わず見つめてしまう程。
それを楽しそうに手入れするアイツの姿を見るのは、もっと好きだけれど。


夏の今も、暑さに負けず咲く花を見ながら、庭にあるベンチに座る。


俺が柊沢の家に来る様になってから、庭にはこのベンチが増えた。

小学生の時から、庭にいる時は大体ここにいる事が多い。


特に、このベンチに座って本を読む柊沢の膝に頭を預け、眠るのが気持ち良い。


男とは思えない程柔らかいアイツの足は、随分穏やかな眠りに導くのが上手で。

加えて細い指先で髪を梳きながら優しく笑うもんだから、起きる気も無くしてしまう。

最近はアイツの傍でないと熟睡出来ないくらいだ。


アイツが傍にいないと、嫌な夢を見る事が多い。


特に、アイツが俺の前からいなくなったあの時を、今でもたまに夢に見る。

さよなら。って、ただ一言悲しい別れの言葉と笑顔を残して消えていく夢。

手を伸ばしても、叫んでも、アイツは振り返らない。そして俺は1人残るのだ。


それが怖くて、今までアイツには色々なプレゼントを贈った。

プレゼントと言うより、枷と言った方が良いかもしれない。


首輪の代わりに指輪。

鎖の代わりにペンダント。

そして。


3月のアイツの誕生日に送った、アイツの全てを繋ぎ止める為の、言葉。


その言葉の返事は、まだ、貰っていない。










「李君」



声が後ろから聞こえた。

いつもと変わらない、優しいアイツの声。


庭で待っていろと言われたからベンチに座っていたのだが。

真後ろから声を掛けられるとは思わず、少し反応まで時間が掛かってしまった。


そのまま、呼ばれるままに、アイツの顔を見ようと振り向く。


・・・直前に、頭に何かが乗せられた。


「・・・?」
「ふふっ、プレゼントその1」


アイツがそっと頭に乗せて来たそれを、壊れ物を扱う様に優しく手に取る。



・・・花冠?



白詰草で丁寧に作られたその花冠。

小さな白い花はとても愛らしく、俺としても嫌いな花ではないけど。


「・・・普通、男に渡すか?」
「可愛らしいでしょう?お似合いですよ」
「どういう意味だ」


ニコニコ笑いながら俺の隣に座る柊沢の額を軽く突く。

柊沢は心底楽しそうに笑うだけで、俺の反応など想定内だと言うのが良くわかった。

そのままですよ。と俺の言葉に返しながら、綺麗な顔を俺の肩に寄せる。

サラサラの黒髪から甘い香りが舞い、俺の心を花の香りで溶かしていく。

その香りに誘われるように柊沢の髪に口付けを落とし、もう一度渡された花冠を見た。


「・・・何だ、コレ」
「お誕生日プレゼントその1です」
「その1・・・?」


と言う事はまだ何かあるのかとぼんやり思いながら、白の花冠を撫でる。


すると、ふと、ある物に気づいた。



「・・・四葉のクローバー・・・」



花冠に編み込まれている特徴的な葉。


それは良く”幸せになれる”と噂される四葉のクローバー。

とても綺麗なその四葉は、白い花と花を繋ぐ様にひっそりと存在していた。


「ええ、可愛いでしょう?」
「・・・実物は、初めて見たな」
「数が少ないですからね」


だからこそ価値が謳われるのでしょうと、柊沢は紫水晶の眼を細めて微笑んだ。

俺にとって何の宝石よりも価値のあるその瞳は、夏の日差しを映し込んで透明に煌いている。

優しい眼差しに視線を重ねながら柊沢の言葉を待つと、突然コイツの白い指先が動いた。


そのまま俺が持つ花冠を優しく指し、穏やかな声で告げて来た。



「それから・・・2つ目のプレゼント」



もう2つ目をくれるのか。

と、細い指で花冠を撫ぜる柊沢を見つめると、不意に顔を上げて来た。

唇が触れ合いそうなくらいに近い距離から見つめ返され、心臓が期待に跳ね上がる。


「・・・貴方なら、このプレゼントの意味、良くわかって下さると思いますよ」


柊沢が言う。

けれどプレゼントの内容を聞く前では些か要領を得ず、俺はただ柊沢の言葉の続きを待った。



「まずね。白詰草の花言葉」



花言葉。


それがコイツの言う、もう1つのプレゼントだろうか。


一瞬拍子抜けしかけたが、引っ掛かりを覚え、そして、それから期待する。


花言葉。

言葉。

言葉のプレゼント。


・・・きっと、俺が望む言葉が詰まっているのであろう白詰草の花冠に、そっと口付けを落とす。


柊沢はそれを見てクスリと笑みを零してから、耳に馴染む優しい声で続けた。



「白詰草の花言葉は、約束。

 それから・・・私を想って」



その言葉に胸が高鳴る。

耳元で私を想ってなんて言われたら、それも仕方が無い。

愛しくて、想ってやまない人のその言葉は、破壊力が尋常ではない。



「・・・あとね、四葉のクローバーの花言葉は、ね」



柊沢が俺の肩から顔を離し、真っ直ぐに俺を見つめて来る。


宝石の様な眼の中には、ただ俺だけが映っていた。



「・・・1つは・・・幸福」



ああ、きっと幸福になれるだろう、この優しい言葉の響き。

白詰草に込められた想いと約束、そしてそれを繋ぐ幸福。



そして、もう1つ残った花言葉が、きっと、コイツの本当の『プレゼント』。



「・・・お返しするの、遅くなって・・・ごめんね、李君」

「・・・良いよ。お前からのプレゼントが返事だなんて、これ以上無い贈り物だから」

「・・・・・・うん」



柊沢は俺の首に腕を回して来る。


甘えるような仕草をする愛しい人の頭に、想いと約束で彩られた幸福の冠を載せてやる。




それはまるで、花嫁がつけるヴェールの飾りみたいで。




「貴方から頂いた『プレゼント』が、私からのもう1つの『プレゼント』です」




夏の日差しの中。


青い空と白い太陽の下で。


幸福の冠を飾った愛しい人に、口付けを贈る。








四葉のクローバーの、もう1つの花言葉はね。





『私のものになってください』

































END.

返事は7月13日』の続き。
エリオル君からのプレゼント=プロポーズのお返事。
それを約束・幸福・想いで繋がった冠で表してみました。
返事まで4ヶ月程掛かったけど、返事なんてとっくに決まってましたとも。
ただ、普通に返すのはつまらないと言う事で、こっちもプロポーズを贈る事に。
もうさっさと結婚すれば良い。多分小狼君が大学出たらすぐ結婚する。