コチラの途中から展開を変えた物です。
↑を先にお読み下さい。








「・・・もう行く」
「え・・・?」


暫く2人で雨を眺めていたその時、が不意に言った。

雪菜は、普段よりも早く訪れた別れに、驚いた色を顕わにする。


「・・・もう、行くの?」
「ああ」
「・・・も、もう少し、ゆっくりしていったら良いのに・・・」
「良い」
「・・・・どうして・・・?」
「何でもない」
「・・・・・・・・・」


さっさと立ち上がるの服を、クイッと摘み引き止める。

だが彼はそれを無碍に払うと、降り頻る雨にも構わず、濡れた地面へと歩み出た。

雪菜も慌てて、それを追う。

2人とも、あっと言う間に、まるで水に浸かったかの様に濡れてしまった。


「・・・何だ」
「どうして、行っちゃうの・・・?」
「気分が優れない」
「え・・・・?だ、大丈夫・・・?」


触れようとする雪菜を再び払い、は彼女に眼を向ける。


「・・・人間界の雨は好きだが、人間界の匂いは好かん」
「え・・・・」
「・・・・雨の匂いと混ざった人間の匂いは、特にな」
「・・・・・・・・・・・」


の少ない言葉から、雪菜は悟る。

彼は、あの日を思い出したのだろうと。


雨の匂い立ち込める、あの夜明け。

兇器を手にした人間達が、私利私欲の為に自分達を引き離したあの日。

その強大な欲望は、鼻を突く程の悪臭に姿を変え、雨の青い香りと混ざった。

雪菜もそれを覚えている。

だが、自分は人間に慣れ過ぎた。

それを嫌だと思わなくなっていた。


彼は、違うのだ。


「ご、ごめんなさい・・・」
「何がだ」
「貴方は、人間の匂いが嫌いな筈なのに・・・その・・・」
「・・・・・・・・・・」


雪菜が俯く。

は何も言わない。


雨の音は、相変わらず衰えない。




「・・・雪菜」




が、黙り込んでしまった彼女を呼ぶ。

雪菜は素直に顔を上げた。

瞳は随分と揺らいでいる。

泣いているのだろうかと、は少し考えた。


「・・・で、でも・・・貴方に、一緒にいて欲しくて・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「一緒に、いたいだけだったのに・・・ごめんなさい、嫌な思いさせて・・・」


雪菜の肩が少し震える。

寒さの所為ではないと、は良くわかっていた。


「あんな事があったから・・・・だから、もう離れたくなかったの・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「わ、私が魔界に行けば良いのかも知れないけど、貴方が来るなって言ったから・・・」
「そうだったな」
「ま、魔界の雨と、私の顔を見ると・・・あの時を思い出すからって・・・私も、思い出すからって・・・」


ついに泣き出した雪菜に、は呆れた様子で近寄る。

きっと、自分に嫌な思いをさせている事に気付けなかった自分を、酷く責めているのだろう。

自虐癖は相変わらずかと、彼女の髪を鷲掴んだ。


「い、痛っ・・・・・」


雪菜の眼が見開く。

その拍子にミルク色の涙が零れ落ちた。

先程まで嬉しそうに輝いていた眼は、悲しさと後悔に彩られ、暗く淀んでいる。

まるで魔界にいた頃の様だと、は彼女を見た。


「・・・・・・・・?」


不安げな雪菜の声。

濡れた髪。涙の伝う頬。氷の女と言う割りに、色鮮やかな唇。

全て、あの夜を思い出させた。


「・・・・最後」
「・・・・?」
「口付けをしたのは、本当に最後だったな」
「・・・・・?」


いよいよ不安の色を隠せない雪菜に、が顔を近付ける。







そのまま、彼女の震える唇に、掠める様なキスをした。







雨の所為で冷たくなった雪菜の唇。

それでも、吸血種族の彼よりは、まだ、少しだけ暖かさが感じられた。

雪菜は、予想外の彼の行動に、思わず呆然とする。

はすぐに顔を離すと、さっさと踵を返した。


「ま、待って!」


雪菜が彼の腕に縋る。

その顔は、口付けの嬉しさなぞ、何処にも感じられず。

ただ色濃く、不安と恐怖の色だけが浮かび上がっていた。


「何だ」
「ま、また、会える・・・よね?」
「・・・・・何だ、突然」
「また、来てね。絶対来てね。私が連絡をしたら、絶対に出てね」
「・・・・・・・・・」
「お願い。最後なんて事、無いでしょ・・・?・・・?」


どうやら、雨の中での口付けと、の突然の態度に、別れの予感を感じたらしい。


「あの夜もそうだったな」
「!・・・お、お願い、行かないで!!」
「・・・気にするな」
「・・・な、何が・・・?」
「・・・・・・何となく、懐かしくなっただけだ。別れの意味を含ませた訳じゃない」
「・・・・・・・・本、当?」


信じていない雪菜に、は相変わらずの冷たい声で雪菜に言う。


「・・・確かに、雨と混ざった人間の匂いは好かんと言ったが、雨自体は好ましい」
「う、うん・・・・」
「だから、こうして来ているんだ。死ぬ程嫌なら、わざわざ来ない」
「・・・・うん」
「それに」
「?」


が言葉を区切る。

雪菜はまた、不安そうな瞳でそれを待った。


「・・・・忘れてしまいそうになるからだ」
「・・・・・え?」
「この混ざった匂いが無いと、あの夜を忘れてしまいそうになる」
「・・・・・・・・」
「どんな思いでお前を失くしたかも、全て」
「・・・・・・」
「・・・・・・・じゃあな」
「あ・・・・・・」


一瞬の隙に、彼の姿が掻き消える。

反射的に手を伸ばしたが、掴んだのは冷たい雨だけだった。


「・・・・・・・・」


口付けと言えない様なあの触れ合い。

彼の匂いと妖気、そしてこの雨に、今までの人間達の匂いが流されてしまった様に錯覚する。



そして、今になって込み上げて来る、人間の匂いへの嘔吐感。



「・・・・・・・・・・・・ッ」



彼の辛さをそのまま移された様で、雪菜が地面に蹲る。

そして、濡れてグチャリと嫌な音を立てる土に、ミルク色の宝石が散らばった。



・・・・・連れてって・・・・・私を連れてって・・・・・」



たった一人取り残された様に、呟き続ける雪菜。

そして、顔を何かから守るように覆い、彼の名を呼び続けた。






雨は、まだ止まない。





























END.


暗くなってしまったのでアナザー扱い。元々コッチが本編だった。
甘いのが書きたかったので没。とも思ったけど・・・
勿体無かったので一応おまけ的にアップ。
雪菜ちゃんも、心の底ではまだ人間に嫌悪がある。
でも、それは一部の欲望に塗れた人間に向ける類だから、オールオッケー。
雪菜ちゃんは、また、あの夜の様に紅夜を失くすんじゃないかと怖がって泣いてます。